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不思議な船
ふしぎなふね
作品ID52895
著者牧野 信一
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第一巻」 筑摩書房
2002(平成14)年8月20日
初出「少年 第二〇七号(明治神宮号 十一月号)」時事新報社、1920(大正9)年10月8日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-05-31 / 2014-09-16
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 あゝさうか、今日は土曜日だつたね。諸君おそろひでよく来たね、さあ遠慮なくずつと此方へ来給へ。何、お話? またかい。よくお話に倦きないね。よろしいやるよ。面白いお話を。
 静かにしてようく聞いてゐるんだよ。今は昔、昔は今と、即ちワンス、アツポン、エ、タイム、そこに一艘の船があつた。何とまあ不思議なことには、その船には船員がひとりも乗つてゐないのである。夫だのにその船の煙突からは絶えず濛々たる煙りが天に冲して溢れ出てゐる。一週間止つてゐるとまた一週間航海して来る。何の為に航海し、何の為に泊つてゐるのか誰も知ない。教会の牧師も大学の先生も、誰一人其理由を知る者はなかつたのである。町の人々は間もなく其船に幽霊船といふ名前を付て非常に怖れ始めた。船が一週間目に港に戻つて来ると、人々は怖がつてその一週間は決して外へ出なかつた。町の市場はヒツソリとして扉を閉ざし学校も休みになつた。(オイ純ちやん休みと聞いて急に膝を乗り出すない。)そんな風でその町では一週置きに仕事を休み休みしてゐたから、一年経つ間に、つまり他の町に比べて三分の一だけ文明の程度が遅れて了つたわけだ。それなのに人々は少しも気付かなかつたのである。二年目の春からは船の姿が見えなくなつた。人々は放たれた羊のやうにホツとして、急に働き始めた。その年から隣の町の沖合に例の幽霊船が現はれ始めた。ところがその町の町長は大へんに怜悧な人だつたから、早速部下の者に命じてボートを降さしめ、其の船の近くまで漕ぎ寄せた。
 見ると驚いた。隣の町の人々が幽霊船と名付けて怖ろしがつたのも無理はない。今迄に人々が見たこともない、まるで小山のやうに大きな船だつた。甲板の上には一人の美しい少年が、折から麗かな春の陽を浴びて、心地よささうに眠つてゐた。
「君は何処から来たのだい。」と町長は尋ねた。
「僕か?」と少年は眠むさうに眼を瞬き乍ら、
「そりや僕だつて知らない。」少年は平気で答へた。町長は慌てゝ少年の肩を軽くたゝいて、
「どうかそのわけを小父さんに教へて呉れないか。」
「そんなら教へてやらう。僕は君達を救ひに来たのだ。」と少年が云つた。町長はむつとしたが、
「そりや有り難い、では早速私の町の宮殿へ御案内いたしませう。」と丁寧に促した。
 少年が町に入つてから此の町の政治は急に改まつた。たゞでさへ三分の二だけ隣りの町より進んでゐるこの町は、一年の間で素晴しく立派な都会になつて了つた。といつてこの少年は決して魔術師の子ではない、普通の少年なのである。たゞ遠い国の少年なのである。船には少年の外に、少年のお父さんも叔父さんも乗つて居て、さうして大勢の船員が働いてゐたのである。たゞ遠い国の人のすることは、悉く此方の町ではまだ知らぬことばかりなのである。それをならつたばかりでこの町は立派な都になつたのである。二年目の春に少年は迎ひに来た例の船に乗…

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