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心配な写真
しんぱいなしゃしん
作品ID52909
著者牧野 信一
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第一巻」 筑摩書房
2002(平成14)年8月20日
初出「少女 第一一四号(六月号)」時事新報社、1922(大正11)年5月8日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-06-24 / 2014-09-16
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

「兄さんはそれで病気なの? 何だか可笑しいわ。まるで病気ぢやないやうだわね。」
「さうね、そんなのなら私達もちよつとでいゝからなつて見たいわね。」
 二人の少女は、云ひ合せたやうにホヽヽヽと笑つて私を見あげました。二人とも私の従妹です。名前ですか――名前は遠慮しませう。何故なら私は、正直にこの二人の少女を描写しようと思ひますから。正直に書けば必ず怒られるに相違ありません。怒られたつて怖くもないけれど、泣かれると困りますからね。
「何だ失敬な! 他人の病気のことなんて、解りもしない癖に。」と私は云ひました。
「ホヽヽヽヽ。」とまた二人は笑ひました。返答をしないで笑ふとは更に失敬だ。一体僕はこのホヽヽといふ笑方からして大嫌だ。何がそんなに可笑しいんだらう。さう思つた私は、これぢやとても相手にならないと気付きましたので、砂を払つて立上がり、青々と美しい空を見あげて大きな声で歌をうたひました。
「それ一体、何の歌?」
「いやなドラ声だわね。」
 どうも煩さい少女共である。……私も口惜しいから、
「他人の歌をけなす位なら、君達は定めし美しい声だらうね。」と云ふと、
「そりや、兄さんよりはね。」
「そんならやつて見ろ。」
「えゝ、やるわ。」と云つたかと思ふと、二人は何やらコソ/\囁き合ひました。
「あたしはソプラノよ。」
 そんなことを云つたかと思ふと、二人は砂に腰かけたまゝ静かに歌ひはじめました。――成程こりや僕よりうまい――と私は直ぐに感服して了ひましたが、いくらか口惜しくもあるので、平気な顔をしてゐました。何の歌だか私にはさつぱり解りません。
「この歌、兄さん御存知でせう。」と、三節まで歌ひ終つた時、Aは私に訊ねました。
「讚美歌だらう。」と私は答へました。すると二人はハツハツハツと大きな声で笑ひました。私は「しまツた!」と、思はずには居られませんでした。
「あら、これを御存知ないの? 非芸術的ね。」
「エヘン」と私は咳払をするより他はありません。唱歌の話なんか止めて、何か別のことを話さう、と私は考へました。
「ところでお前達はいつ東京へ帰るんだ。学校はいつまで休みなんだ?」
「来月の十日までよ。」
「随分長い試験休だな。」
「そんなこと云つたつて、私たちが帰つたら兄さん寂しいでせう。」
「平気だ!」と私は大きな声で云ひ放ちました。
「清々していゝよ。」
 更にさう附け加へました。
「今の歌何だか教へてあげませうか。」
「もう一遍歌つて見れば解るよ。」
「だつて幾度歌つたつて同じぢやありませんか。」
「でもさつきのは、拙かつたから解らなかつたんだ。もつとはつきり歌へ!」
「もう厭!」と二人はすまして答へました。
 海は静かで、空も水も紺碧に晴れ渡つてゐます。白い鳥が三ツ四ツ浮いたり舞つたりしてゐました。雲一つ見へない午前の空は、心ゆくばかり麗かに映えて居ります。

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