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目醒時計の憤慨
めざましどけいのふんがい
作品ID52921
著者牧野 信一
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第一巻」 筑摩書房
2002(平成14)年8月20日
初出「少女 第一二九号(ひぐらしの巻 九月号)」時事新報社、1923(大正12)年8月8日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-06-12 / 2014-09-16
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 あしたはきつと五時に起きよう――と、また美智子さんは、堅く決心しました。あしたこそ大丈夫だ――と、更に美智子さんは、自分の胸に念をおしました。そして今年の春、叔父さんから貰つた大形の眼醒時計を書棚の上から取りおろして、ぴつたり朝の五時にベルをかけました。この時計は、ベヒーベンとか云ふ米国製の時計で、暗闇のなかでも指針と文字が青白い光を放つて、はつきりと読めます。
 美智子さんは時計を枕もとに据えて、なるべく耳をそばだてるやうなつもりで寝床へ入りました。間もなくお母さんがきて、
「お前は毎晩毎晩時計の用意ばかりしてゐるくせに、未だ一度も五時に起きられたことがないのね。」と、笑ひながら云ひました。
「あしたこそは大丈夫です。」美智子さんはさつき自分の胸に誓つた通り力をこめて答へました。
「お前の大丈夫は当にならない。」と、お母さんは云ひました。美智子さんは顔をかくして、唇を噛みました。(さう思つていらつしやい。もう何も云はない。)
 お母さんが電灯を消して出て行つてから、直ぐに美智子さんは眠つてしまひました。
「おやツ!」と、美智子さんは思ひました。見ると窓の障子にカンカンと朝日がさしてゐます。(おやおや、もう朝かしら、随分早いなア!)美智子さんは、ばかにあつけない気がしました。美智子さんは、宵に眠つてからこれまで、勿論一度も眼は醒さなかつたし、何の夢さへ見ませんでした。だから夜の明けるのが、あんまり早かつたやうな気がしてなりませんでした。(それにしても、五時に鳴る筈だつた眼醒時計はどうしたんだらう。それともまだ五時前なのかしら? でも陽の光り具合が強すぎるやうだ。それとも自分は時計のかけ方を間違へてゐたのかしら? ベルが壊れでもしたのかしら?)美智子さんは斯う思ひましたので、直ぐに起きあがつて、時計を手にして見ました。――もう六時を過ぎてゐました。(あゝ、またやり損つてしまつた!)と思つて嘆息しました。
 ベルの鍵を験べて見ると、それはすつかり巻が切れてゐます。(して見るとベルはちやんと鳴つたのだ。どうしてそれに気づかなかつたのだらう。)と、美智子さんは思ひました。
 どうして――とは可笑しい! 自分がグウグウと眠つてゐたのを忘れて、そんな風に考へるとは、それはどうも少し可笑しいぢやありませんか! ねエ、読者の皆さん!
 そこへお母さんが、また笑ひながら入つてきて、
「また今日も駄目だつたのね。昨夜あんなに威張つてゐたくせに。それにしても、さつき時計があんなに喧しく鳴つたのも知らないで眠つてゐるとは、ほんとうにあきれたお寝坊さんだ。」と云ひました。
 美智子さんは口惜しくて堪りませんでしたが、何と返す言葉もありません。たゞ顔を赤くして苦笑ひするより外どうしようもありませんでした。だが余り口惜しい……美智子さんは胸のなかで、(あしたこそは大丈夫だ。)と思…

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