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夜光虫
やこうちゅう |
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作品ID | 52949 |
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原題 | NOCTILUCAE |
著者 | 小泉 八雲 Ⓦ |
翻訳者 | 林田 清明 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
入力者 | 林田清明 |
校正者 | 林田清明 |
公開 / 更新 | 2011-04-03 / 2019-03-02 |
長さの目安 | 約 5 ページ(500字/頁で計算) |
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月なき無窮の夜空に、あまたの星がきらめいて、横たわる天の河も、ひときわさんざめいている。風は凪いでいるが、海はざわめいている。見渡せば、ざあと一つまた一つ押し寄せて来る小浪が、皆火のように燦めいている。黄泉の国の美しさもこのようではなかろうかと思うばかりである。真に夢のようである。小浪の浪間は漆黒であるが、波の穂は金色を帯びて浮び漂っている――そのまばゆさに驚かされるほどだ。たゆげに寄せる浪は、ことごとく蝋燭の炎に似て黄色に光っている。なかに深紅に、また青く、今また黄橙色に、はては翠玉色を放つものがある。黄色に光っている浪のうねりの揺蕩は、大海原の波動の故ではなくて、何かあまたの意思が働いているように思われる――意識を持っており、かつ巨大にして漂っているもの――あの、暗い冥界に棲むドラゴンが群れなしてひしめき合い、繰り返し身もだえしているのに似ている。
実は、この壮麗な不知火の輝きを作っているのは生命である。――ごく小さな生命ではあるが、霊的な繊細さを持っている――この生命は無数に群れなすとはいえ、はかないものである。この小さきものは、水平線まで続く潮路の上を流離ながら、弛みなく変化して、今を生きようとかつ燃えかつ消えゆくのである。さらに、はるか水平線の上では、他の億万の光が別の色を脈打ちつつ、底知れぬ深い淵へと往き失せてゆく。
この奇しき様を眺めて、私は言葉なく瞑想する。「夜」と「海」のおびただしい燦めきの中に、「究極の霊」が現われたのではないかと思った――私の上には、消滅した過去が凄まじいほど融解しては輝くという秩序の中で、再び存在しようとする生命の霊気とともに、蘇えっている。私の下では、流星群がほとばしり、また星座や冷たい光の星雲となって活気づいている――やがて私は思い至った――恒星と惑星の幾百万年という歳月も、万象の流転の中では、一匹の死にかけた夜光虫の一瞬の閃光に優る意味を持つだろうか、と。
この疑念が湧いて、私の考えは変わった。もはや炎の明滅する、古の東洋の海を望んでいるのではない。私が観ているのは、さながら海の広さと深さ、それに高さとが「永遠の死の闇」と一体となったあの「ノアの洪水」――言い換えるなら、寄るべき岸辺なく、刻むべき時間もない「死」と「生」の「蒼海」である。かくして、恒星の何百光年もの輝ける霞である――天の河の架け橋――も、「無限の波動」の中にあっては、燻ぶった一個の波にすぎない。
けれど、私の胸の底にあのささやきをまた聞いた。私はもはや恒星の霞状の波を見てはいない。ただ、生きている闇を観ているだけである。それは無限に瞬いて、流れ込んできては、私の廻りをゆらゆら震えるように行き去ってゆく。燦めきというきらめきが、沸々として心臓のように鼓動している――夜光虫が発光する色合を打ち出している。やがて、これら輝いているもの皆は、た…