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あるまりの一生
あるまりのいっしょう |
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作品ID | 52963 |
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著者 | 小川 未明 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「定本小川未明童話全集 4」 講談社 1977(昭和52)年2月10日 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | 富田倫生 |
公開 / 更新 | 2012-03-19 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 8 ページ(500字/頁で計算) |
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フットボールは、あまり坊ちゃんや、お嬢さんたちが、乱暴に取り扱いなさるので、弱りきっていました。どうせ、踏んだり、蹴ったりされるものではありましたけれども、すこしは、自分の身になって考えてみてくれてもいいと思ったのであります。
しかし、ボールが思うようなことは、子供らに考えられるはずがありませんでした。彼らは、きゃっ、きゃっといって、思うぞんぶんにまりを踏んだり、蹴ったりして遊んでいました。まりは、石塊の上をころげたり、土の上を走ったりしました。そして、体じゅうに無数の傷ができていました。
どうかして、子供らの手から、のがれたいものだと思いましたけれども、それは、かなわない望みでありました。夜になると、体じゅうが痛んで、どうすることもできませんでした。まれに雨の降る日だけは、楽々とされたものの、そのかわり、すこし雨が晴れると、水たまりの中へ投げ込まれたり、また、体じゅうを泥で汚されてしまうのでした。雨の日が長くつづけば、つづくほど、その後では、いっそうみんなから、手ひどく取り扱われなければならないので、まりにとっては、雨の降る日さえが、その後のことを考えると、あまりうれしいものではなかったのです。
あるとき、フットボールは、みんなから、残酷なめにあわされるので、ほとんどいたたまらなくなりました。そして、いつも、いつも、こんなひどいめにあわされるなら、革が破れて、はやく、役にたたなくなってしまいたいとまで思いました。
こんなことを思っていましたとき、彼は、力まかせに蹴飛ばされました。そして、やぶの中へ飛び込んでしまいました。まりは、しげった木枝の蔭に隠れてしまったのです。
「まりが見つからないよ。」
「どこへいったろう?」
子供たちは、おおぜいでやぶの中へはいってきて、まりを探しました。しかし、だれも、ボールがちょっとした、木枝の蔭に隠れていようとは、気づかなかったのであります。
「ここんとこではない。ほかのところかもしれないよ。」
子供らは、ほかの方面へいって探しはじめました。そして、見つからないので、みんなはがっかりとしてしまって、いつしか、どこへかいってしまいました。
あとに、まりは、独り残されていました。しかし、また、子供たちがやってくるにちがいない。そして、見つかったら、いっそうさかんに投げたり、蹴られたりすることだろうと思うと、まりは、ため息をせずにはいられませんでした。
フットボールが、木枝の蔭で、小さくなっているのを、空の上で、雲が、じっと見ていました。なぜなら、雲は、まりが子供らから、いじめられるのを、かわいそうに思っていたからであります。
雲は、だれにも気づかれないように、そっと空から下へ降りてきました。
「フットボールさん、お気の毒です。私は、なんでもよく知っています。あなたほど、やさしい正直ないい方はありません。それ…