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河水の話
かわみずのはなし
作品ID52969
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 4」 講談社
1977(昭和52)年2月10日
初出「早稲田文学」1924(大正13)年6月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者へくしん
公開 / 更新2020-11-07 / 2020-10-28
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 河水は、行方も知らずに流れてゆきました。前にも、また、後ろにも、自分たちの仲間は、ひっきりなしにつづいているのでした。そして、どこへゆくという、あてもなしに、ただ、流れている方に、みんなはゆくばかりでした。
 前にいったものは、笑ったり、わめいたり、喜ばしそうに踊ったりしていました。はやく、まだ見ない、めずらしいことのたくさんある世界へゆきたいと、あせっているようにも思われたのです。
 ほんとうに、それは、遠い、また、長い旅でありました。すべてのことに終わりがあるように、この旅も、いつかは尽きるときがあるでありましょう。
 河水は、昼となく、夜となく、流れてゆくのでした。
 ある日のことです。ふいに、黄色な、破れた袋のようなものが、飛び込んできました。それはバナナの皮でした。
「ああびっくりした。やっと、私は、目がさめたような気がする。」と、バナナの皮は、いいました。
 南洋の林の中に、あったころのさわやかな香いが、まだ残っていて、このとき、ふたたび冷ややかな水の上で、したのでした。
「おまえさんは、いままで眠っていたのかね。」と、水は、たずねました。
「ここは、どこですか?」と、バナナの皮は、驚いたようすをして、聞きました。
「ここは、どこだか俺にもわからない。だが、この歩いている幅の広い一筋の道は、俺たちの領分だということができる。おまえさんは、これから、ここへ飛び込んできたからは、俺たちのいくところまで、いっしょに、ついてこなければならない。」と、水は、答えたのであります。
 バナナの皮は、しばらく考えていたが、
「ああ、私は、まだ、船に乗っているような気もしたが、それは、ずっと昔のことだった。あれから、きっと、どこかの港に着いたのだろう! そして、どこかの町へ運ばれて、人間の手にかかって、こんなに着物ばかりにされてしまったのだろう。しかし、もし、私に、あの甘い中身があったなら、私の眠りは、いつまでもさめずに、しまいに、いい気持ちのまま、私の体がすっかり、酒のように、醸されて溶けてしまったかもしれない。だから、なにが、幸いとなるかわかるものでない。中身を取られて、水の中に捨てられたので、もう一度私は、気がついて、目がさめたのだ。まだ、私の皮膚には、あの林の中にあったころを思わせるような、青い部分が残っている。じつに、あの林の中にあった時分は、なんという、青々とした体であったろう……。」
 バナナは、独りごとをしながら、追懐にふけっていました。
 河水は、その言葉をきいていました。そして、それに同情をしてか、また、あざけるのか、わからないような、ささやかな笑い声をたてたのであります。
「いくら眠るからといって、そんなによくも眠れたものだ。俺たちは、まだ、十分間と一ところにじっとして、眠った覚えがない。」と、河水は、いいました。
「南の熱い、森の中に咲い…

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