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楽器の生命
がっきのせいめい
作品ID52970
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 4」 講談社
1977(昭和52)年2月10日
初出「随筆」1924(大正13)年4月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者館野浩美
公開 / 更新2019-02-04 / 2019-01-29
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 音楽というものは、いったい悲しい感じを人々の心に与えるものです。いい楽器になればなるほど、その細かな波動が、いっそう鋭く魂に食い入るように、ますます悲しい感じをそそるのであります。そして、奏でる人が、名手になればなるほど、堪えがたい思いがされるのでした。
 愉快な楽器があったら、どんなに人々がなぐさめられるであろうと、ある無名な音楽家は考えました。
 その人は、どうしたら、愉快な音が出るかと、いろいろに苦心をこらしたのです。そして、笛や、琴のような、単純な楽器では、どうすることもできないけれど、オルガンのように、複雑な楽器になったら、なんとかして、その目的が達せられは、しないかということを考えたのです。
 彼は、日夜、いい音色が出て、しかも、それがなんともいえない愉快な音であるには、どうしたら、そう造られるかということに研究を積んだのであります。彼は、最初、純金の細い線でためしました。しかし、その音色は、あまりに澄んで、冴えきっています。つぎに、金と銀と混じて細い線を造りました。これは、また、調子が高いばかりで、愉快な音ということができませんでした。
 それから、幾たびも失敗して、長い間かかって、やっと、彼は、鉄と銀とを混合することによって、ついに、愉快な音色を出すことに成功しました。
 彼は、この鉄と銀とからできた、一筋の線をオルガンの中に仕掛けました。すると、このオルガンは、だれがきいても、それは、愉快な音が出たのであります。
 心を愉快にする、たとえば、いままで沈んでいたものが、その音を聞くと、陽気になるということは、たしかに、いままでの音楽とは、反対のことでした。これなら、どんな神経質な子供に聞かせても、また、気持ちのつねに滅入る病人が聞いても、さしつかえないということになりました。
 けれど、ただ一つ困ることには、こうしたオルガンは、たくさん造られないことです。ただ一つの機械にはされなかったので、鉄と銀とで、できた一筋の線は、この音楽家の手で鍛えられるよりは、ほかに、だれも造ることができなかったからです。それは、火の加減にあったとばかりいうことはできません。まったく、この人の創作であったからであります。
 ある日、金持ちのお嬢さんは、外国の雑誌でこのオルガンの広告を見ました。
 無名の音楽家は、このりっぱな発明によって、すでに有名になっていました。そして、その人の手で造られた、オルガンは、ひじょうな高価のものでありました。
 お嬢さんは、病気のため海岸へ保養にいっていました。そして、そこで、この広告を見たのであります。
 それでなくてさえ気が沈んで、さびしいのを、毎日、波の音を聞き、風の並木にあたる音を聞くと、いっそう気持ちが滅入るのでした。それは、けっして、病気にとっていいことでありませんでした。
 お嬢さんは、音楽が好きでしたから、こんなとき…

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