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月とあざらし
つきとあざらし
作品ID52979
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 4」 講談社
1977(昭和52)年2月10日
初出「愛の泉 8号」1925(大正14)年4月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者館野浩美
公開 / 更新2017-12-06 / 2017-11-24
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 北方の海は、銀色に凍っていました。長い冬の間、太陽はめったにそこへは顔を見せなかったのです。なぜなら、太陽は、陰気なところは、好かなかったからでありました。そして、海は、ちょうど死んだ魚の目のように、どんよりと曇って、毎日、毎日、雪が降っていました。
 一ぴきの親のあざらしが、氷山のいただきにうずくまって、ぼんやりとあたりを見まわしていました。そのあざらしは、やさしい心をもったあざらしでありました。秋のはじめに、どこへか、姿の見えなくなった、自分のいとしい子供のことを忘れずに、こうして、毎日あたりを見まわしているのであります。
「どこへいったものだろう……今日も、まだ姿は見えない。」
 あざらしは、こう思っていたのでありました。
 寒い風は、頻りなしに吹いていました。子供を失った、あざらしは、なにを見ても悲しくてなりませんでした。その時分は、青かった海の色が、いま銀色になっているのを見ても、また、体に降りかかる白雪を見ても、悲しみが心をそそったのであります。
 風は、ヒュー、ヒューと音をたてて吹いていました。あざらしは、この風に向かっても、訴えずにはいられなかったのです。
「どこかで、私のかわいい子供の姿をお見になりませんでしたか。」と、哀れなあざらしは、声を曇らして、たずねました。
 いままで、傍若無人に吹いていた暴風は、こうあざらしに問いかけられると、ちょっとその叫びをとめました。
「あざらしさん、あなたは、いなくなった子供のことを思って、毎日そこに、そうしてうずくまっていなさるのですか。私は、なんのために、いつまでも、あなたがじっとしていなさるのかわからなかったのです。私は、いま雪と戦っているのです。この海を雪が占領するか、私が占領するか、ここしばらくは、命がけの競争をしているのですよ。さあ、私は、たいていこのあたりの海の上は、一通りくまなく馳けてみたのですが、あざらしの子供を見ませんでした。氷の蔭にでも隠れて泣いているのかもしれませんが……。こんど、よく注意をして見てきてあげましょう。」
「あなたは、ごしんせつな方です。いくら、あなたたちが、寒く、冷たくても、私は、ここに我慢をして待っていますから、どうか、この海を馳けめぐりなさるときに、私の子供が、親を探して泣いていたら、どうか私に知らせてください。私は、どんなところであろうと、氷の山を飛び越して迎えにゆきますから……。」と、あざらしは、目に涙をためていいました。
 風は、行く先を急ぎながらも、顧みて、
「しかし、あざらしさん、秋ごろ、猟船が、このあたりまで見えましたから、そのとき、人間に捕られたなら、もはや帰りっこはありませんよ。もし、こんど、私がよく探してきて見つからなかったら、あきらめなさい。」と、風はいい残して、馳けてゆきました。
 その後で、あざらしは、悲しそうな声をたててないたのです。…

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