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花咲く島の話
はなさくしまのはなし
作品ID52982
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 4」 講談社
1977(昭和52)年2月10日
初出「童話」1925(大正14)年1月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者栗田美恵子
公開 / 更新2020-08-26 / 2020-07-27
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 この広い世界の上を、ところ定めずに、漂泊している人々がありました。それは、名も知られていない人々でした。その人々は、べつに有名な人間になりたいなどとは思いませんでした。彼らの中には、唄うたいがあり、宝石商があり、また、手品師などがありました。
 ある晩のこと、港町の小さな宿屋に、それらの人々が泊まり合わせました。
「私などは、こうして幾年ということなく、旅から旅へ、歩きまわっています。」と、手品師がいいました。
「私とて、同じことです。」と、宝石商はいいました。
「みんな、ここにおいでなさる人たちは、そうでしょう。私なども、やはりその一人ですが、ふるさともなく、家もないということは、気楽にはちがいありませんが、ときどき雨の降る日など、独り考えてみて、さびしくなることがあります。それで、そんなときは、せめて、この地球の上に、どこででもいいから、ふるさとというものがあったら、はりあいがあろうと思うことがあるのです……。」と、唄うたいがいいました。
「ほんとうに、そうです。」
「いや、あなたのおっしゃるとおりです。」
 宝石商も、手品師も、同感して、答えました。
 このとき、そばで、この話をだまって、聞いていた男があります。男は、口をいれて、
「みなさん、私といっしょに、おいでになりませんか。私のいるところは、それはいいところでございます。」といいました。
 みんなは、その男の方を向いて、その男を見ました。
「あなたは?」といって、その男がなんであって、どこの人かと思ったのであります。
「私は、眼鏡屋で、いろいろな眼鏡を持っています。私も、みなさんのように、ふるさとというものがありません。あるとき、荒れた庭園がありましたので、そこに一夜を明かしますと、庭園の主人は、この広い場所に、自分たちだけがいるのでは、さびしいから、ここを家と思って、いつでも帰ってくるようにといいました。それで、その庭園をふるさとときめて、思い出しては、そこに帰るのです。それは、気候のいいところで、果物もたくさんあれば、山には、温泉もわき出ています。まるで、この世の楽園です。ただ、あまり世の中の人々に知られていない、南洋の島でありますから、開けてはいません。しかし、そのほうがかえってしあわせなんです。もし、みなさんも、私といっしょに、その庭園へおいでなさるなら、主人は、喜んでお迎えいたしましょう。そして、にぎやかになったのを喜ぶでしょう。主人は、この世界の珍しい話や、草花などのようなものを見ることが大好きなのです……。」と、眼鏡屋はいいました。
 みんなは、この話をきいて、たいそう興味をもちました。
「温泉があって、果物があって……、ああ、なんといういいところだろう? そんないいところが、この世の中にあるでしょうか?」と、唄うたいは、目をまるくしました。
「眼鏡屋さん、海に近いところですか。…

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