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娘と大きな鐘
むすめとおおきなかね
作品ID52988
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 4」 講談社
1977(昭和52)年2月10日
初出「赤い鳥」1924(大正13)年7月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者へくしん
公開 / 更新2020-10-23 / 2020-09-28
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ある名も知れない、北国の村に、あれはてたお寺がありました。そのお寺のあるところは、小高くなった、さびしいところでありました。
 本堂から、すこしはなれたところに、鐘つき堂がありました。境内には、木がたくさんしげっていました。春になると花が咲き、そして、新緑にかわり、やがて、秋になると、木々の葉が黄色く、紅く、色づいて雨にほろほろと落ちるのであります。平生は、あまりおまいりにゆく人もなく、すずめが、本堂の屋根や、また鐘つき堂のまわりで、かしましく鳴いているばかりです。
 けれど、たまたま真夏になって、雨の降らないことがありました。そんなときは、村の百姓は、どんなに困ったでありましょう。
「もう、三十日も雨が降らない。まだこのうえ、旱がつづいたら、田や、圃が乾割れてしまうだろう。」といって、一人は、歎息をしますと、
「ほんとうに、そうだ。雨ごいをしなければなるまい。」と、ほかの百姓は、空を仰ぎながら、心配そうな顔つきをしていうのでありました。
 雨ごいをするのには、村の人たちは、男となく、女となく、お寺に集まって、供養をしなければなりません。そして、いままでの自分たちの先祖の悪かったことを、真心こめておわびをするのでありました。これについて、ここに、哀れな話があるのであります。
 それは、いまから、ずっと昔のことでありました。このお寺に、年とったお坊さまと寺男がいました。寺男には、十三、四になった娘がおりました。お坊さまは、もう、毎朝、お堂へ出て、お経を上げるのがやっとのくらいでありました。
 寺男は、また、朝早く起きて、鐘つき堂へいって、鐘をつきました。この寺の鐘は、このあたりにはきこえたほどの大きな鐘でありました。百姓は、この鐘が鳴ると目をさましました。それから、飯を食べて、圃や、田へ出かけるのであります。
 また、働いて疲れた時分、昼ごろになると、この鐘が鳴りました。それを聞くと、百姓は、
「さあお昼だ。家へ帰ってご飯にしよう。」と、彼らは、家へ急ぎました。そして、骨休みをして、それから、また、田や、圃へ、出かけたのであります。
 また、暮れ方になって、雲の色が、ばら色がかるころになると、寺の鐘がきこえたのです。そして、広やかな野原の上を、どこまでも響いていったのであります。
「ああ、もう、日暮れ方になった。また、あしたにしよう。」といって、彼らは、仕事をきりあげて、連れだって、野道を話しながら、てんでに家をさして帰ってゆくのでありました。
 しかるに、この鐘が、二日も、三日も鳴らなかったことがありました。
「今日も寺の鐘が鳴らないが、どうしたんだろう。」と、一人が不平らしくいいました。
「このごろ、寺男のやつめ、なまけやがるんだ。」と、ほかの一人がいいました。
「そんなはずはなかろう。病気じゃないのか。」と、また、あるものはいいました。
「病気なら、鳴…

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