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山へ帰りゆく父
やまへかえりゆくちち
作品ID52989
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 4」 講談社
1977(昭和52)年2月10日
初出「中央公論」1923(大正12)年12月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者栗田美恵子
公開 / 更新2020-06-11 / 2020-05-27
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 父親は、遠い街に住んでいる息子が、どんな暮らしをしているかと思いました。そして、どうか一度いってみたいものだと思っていました。
 しかし、年を取ると、なかなか知らぬところへ出かけるのはおっくうなものです。そして、自分の長らく住んでいたところがいちばんいいのであります。
「私は、こんなに年をとったのに、せがれはどんな暮らしをしているか心配でならない。今年こそはいってみよう。」
 父親は、遠い旅をして、息子の住んでいる街にやってきました。それは、にぎやかな都会でありました。
 静かな、夜などは、物音ひとつ聞こえず、まったくさびしい田舎に住んでいました人が、停車場に降りると、あたりが明るく、夜でも昼間のようであり、馬車や、電車や、自動車が、往来しているにぎやかな有り様を見て、びっくりするのは無理のないことです。父親も、やはりその一人でした。
「お父さん、よくおいでくださいました。」といって、息子はどんなに喜んで迎えたかしれません。
 息子はいまでは、この都でなに不自由なく暮らしていられる身柄でありましたから、父親に、なんでも珍しそうなものを持ってきて、もてなしました。また、方々へ見物にもつれていったりいたしました。
 父親は、はじめのうちは、どこへいってもにぎやかなので驚いていました。また、いままで口にいれたことのないようなものを食べたりして、こうして、人間が暮らしてゆかれたら、しあわせなものだとも考えられたのでした。
 五日、六日というふうに同じことがつづきますと、そのにぎやかさが、ただそうぞうしいものになり、また、毎日ごちそうを食べることも、これが人間の幸福であるとは、思われなくなりました。
「お父さん、おもしろい芝居が、はじまりましたから、いってごらんになりませんか。」
「いいや、見たくない。」
「お父さん、これから、なにかうまいものを食べに出かけましょう。」
「いいや、なにも食べたくない。」
 父親は、じっとして、家の中に、すわっていました。
「どうしたのですか? お父さん。」と、息子は、なにをいっても、父親が気乗りをしないので、心配して問うたのでありました。
「私は、国へ帰りたくなった。」と、父親は答えました。
 息子は、これを聞くと、目を円くして、
「あんなさびしい山の中へ帰ってもしかたがないではありませんか。どうして、あの不便なところがいいのですか?」と、息子は、父親の心をはかりかねて、たずねました。
「私は、国へ帰りたい。」と、父親は答えました。
「お父さん、なにかいけないところがあったら、いってください。また私たちが、気のつかないところがあったら、これから気をつけるようにしますから、もっと、こちらにいてくださいまし。そのうちに、お父さんは、この街の生活にも、おなれでありましょうから……。」と、息子は、ひたすら真心をあらわしていいました。
 する…

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