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母の日
ははのひ |
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作品ID | 53002 |
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著者 | 槙本 楠郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「日本児童文学大系 三〇巻」 ほるぷ出版 1978(昭和53)年11月30日 |
初出 | 「お話の木」子供研究社、1937(昭和12)年7月 |
入力者 | 菅野朋子 |
校正者 | 雪森 |
公開 / 更新 | 2014-07-27 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 11 ページ(500字/頁で計算) |
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一
新しいランドセルを脊負ひ、新しい草履袋をさげて、一年生の進ちやんは、元気よく学校から帰つて来ました。
「ただいまア!」
「はい、お帰りなさい。早かつたわねえ。」
さう云つてお母様が、すぐニコニコして玄関に出ていらつしやると、進ちやんは帽子をとり、靴をぬぎながら、お母様にききました。
「ママ、今日、ほんとに何も買はなかつた? ほんとに、夕御飯のおこしらへ、なんにもしてない? お野菜なんか、ほんとに買つてないかア?」
お母様は、進ちやんの帽子と草履袋とを取上げて、ニコニコしておつしやいました。
「ええ、ほんとに、なんにも買はなかつたわ。だつて、今朝みんなにお約束したんですもの。」
「あツ、うれしい、助かつた! 僕、お使ひに行くのがうれしくつてね、走つて帰つたの。ねえママ、ランドセルや筆入も、僕の脊中でね、一ツ二ツ・ガッチャガチャ、左ツ右ツ・ガッチャガチャつて、さわぐんだよ。きつと、うれしいんだね、ママ。」
「ホホウ、さうかしら?」
「さうだよ、ほんとにさうなんだよ、ママ。今日はうちの『ママの日』なんだもの。ねえ、まだ姉ちやんも兄ちやんも帰つて来ない?」
「ええ。まだお午すぎですもの。一時ごろになると、純子ちやんが帰つて来るでせうし、二時ごろに耕一さん、三時ごろに蓉子姉ちやんが帰つて来るはずだわ。」
「ぢや、僕、ひとりで先にお使ひに行つて来ようかな。ねママ、僕ねえ、いいもの買つて来てあげるのよ。あててごらん。ママの大好きなもの。あてたら、えらい。」
「さあ、なんでせうね?」
「あてたら、えらい!」
「さあ、なんですかねえ?」
そんなことを云ひながら、進ちやんとお母様は、子供部屋に入つて来ました。
「ねえ、わかんない、ママ。」
「わかんないわ。ほんとに、なんでせう?」
「僕の買つて来るものねえ――云つちやをか――ねえ、三ツ葉を五銭と、にんじんを二三本。それだけ。」
「あら、あんた、そんなもの、ひとりで買つて来られるの?」
「買つて来られるさア! 風呂敷もつて、市場に行つて、お金を出して、包んでもらふんさ。純子姉ちやんはね、おじやがと、莢ゑんどうなんだよ。耕一兄ちやんも蓉子姉ちやんも、何か買つて来るんだよ。みんな手分けで買つて来ることに、昨夜、ちやんと決めたんだよ。ママ、知らないでしよ。ないしよなんだから。」
「あら、あら。ないしよを聞いちやつて。いいの? ママ、困るわ。」
「いいんだよ、いいんだつて、ママ。だまつててね。だけど、僕、困つちやつたなア。」
するとお母様が、笑つて云はれました。
「いいのよ、進ちやん。ママ、なんにも聞かないことにして置くわ。ね、それでいいでしよ。」
「ぢや、指切りしてよ。」
さう云つて進ちやんは、すぐお母様の細長い小指に、自分のちつちやい可愛いい小指を巻きつけて、面白さうにゆすりながら、指切りをしました。
ほどなく、尋常…