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母子ホームの子供たち
ぼしホームのこどもたち
作品ID53005
著者槙本 楠郎
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本児童文学大系 三〇巻」 ほるぷ出版
1978(昭和53)年11月30日
初出「小学五年生」小学館、1940(昭和15)年8月
入力者菅野朋子
校正者雪森
公開 / 更新2014-07-30 / 2014-09-16
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 にぎやかな電車通の裏に、川に沿つた静かな柳の並木道があります。その最初の石橋を渡ると、すぐ前に白い三階の大きな建物が、青青とした庭木に包まれて聳えてゐます。
 五年生の清三は、かんかんてりの真夏の西日を浴びて、元気よく学校から帰つて来て、その石の門をはいると、病院のやうな広い玄関で、同じやうに今学校からかへつたばかりの、六年生の睦子にあひました。
「あら、おかへり。清ちやん、それ、なに。」
 睦子は玄関の入口の「あけぼの母子ホーム」といふ大きな看板のかかつてゐる下で、ふちの広い桃色の帽子をぬぎながら、清三が白いハンケチに包んでゐるものを見つめました。
「いいもんだよ、睦子ちやん。あててごらん。」
 さういひながら二人は、玄関を奥にはいつて、「受附」といふ札の下つてゐる小さい部屋の窓口をのぞいて、そこのをばさんに「ただいま。」といひました。
「おかへりなさい。とても暑かつたでせう。はい、はい。」
 さういつてをばさんは、二人の部屋の合鍵を、別別に出してくれました。清三の鍵には「二十七番」、睦子の鍵には「三十一番」といふ、小さな番号札がついてゐました。
「どうもありがたう。」
 鍵を受取ると、二人は奥にはいつて廊下で上草履にはきかへました。そしてコンクリートの階段をのぼつて行きながら、話しつづけました。
「ねえ、清ちやん、ほんとに、なによ。ちよつと見せてね。」
「だめ、あててごらん。あてたら一匹あげるよ。」
「ぢや、あてるわよ。角のあるもの。」
「ないよ。」
「ぢや、足は六本あるでせう。」
「ちがふよ。もつと、たくさんあるらしいよ。」
「ぢや、あんた、百足虫をもつてるの。ああ、おつかない。」
「あはつ。そんな悪い虫ぢやなくて、とつてもいい虫虫様だよ。もう、わかつたらう。」
「ああ、わかつたわ。蚕でせう。さうでせう。どらどら、見せてちやうだい。」
「ぢや、僕のうちへお出でよ、わけてあげるから。」
 二人は三階の廊下へ来ました。廊下の両側は同じやうな、六畳ぐらゐの部屋が七つづつ並んでゐて、清三の家と睦子の家とは、ななめ向かひの部屋でした。
「ね、いらつしやいよ。」
「ええ、すぐ行くわ。」
 二人は鍵で、自分の部屋の扉をあけてはいりました。


 部屋にはいつた清三は、お道具と蚕の包とを部屋の隅に置くと、壁ぎはの箪笥の上にかざつてある、戦闘帽をかぶつたおとうさんの写真の前へ行つて、いつものやうにおじぎをしました。それから、部屋のまん中のテーブルの前に来てすわつて、その上の目ざまし時計の下にしいてある紙きれを見つけました。
 それはおかあさんが、お勤めに出て行く時に書いて置いたものらしく、こんなことを書いてありました。

今日ハ、おやつガアリマセン。おむすびヲツクツテ、ネズミイラズニ入レテオキマス。ソレヲタベテ、晩ゴハンヲタイテオイテネ。オ米ハ、タケルヤウニシテ…

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