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北の不思議な話
きたのふしぎなはなし
作品ID53007
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 6」 講談社
1977(昭和52)年4月10日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者栗田美恵子
公開 / 更新2020-05-24 / 2020-04-28
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 おせんといって、村に、唄の上手なけなげな女がありました。たいして美しいというのではなかったけれど、黒い目と、長いたくさんな髪を持った、快活な女でありました。機屋へいって働いても、唄がうまいので、仲間からかわいがられていました。
 これらの娘たちは、年ごろになると、たいていは近傍の村へ、もしくは、同じ村の中で嫁入りをしましたのに、どうした回り合わせであるか、おせんは、遠いところへゆくようになったのです。
 村で、おせんの望み手がないのでなかった。そればかりでなく、みんなは、その結婚をいいと思わなかった。しかも、彼女は孤児であって、叔母さんに育てられたのであるが、叔母さんも、この結婚には不賛成でした。なぜなら、相手というのは、遠い旅から行商にきた、貧しげな青年だったからです。
 この青年は、村へやってきて、娘たちに、貝がら細工や、かんざしや、香油のようなものを並べて商ったのです。そして、ときに、彼は山のあちらの国々の珍しい話などを聞かせたりしました。おせんは、あるとき、彼が、子供の時分に両親に別れて、その父母の行方がわからないので、こうして、旅から旅へさすらって探しているという話を聞いたときに、同じ孤児の身の上から、彼に同情するようになったのでした。
「私たちは、山のあちらの明るい国へいって、働いて暮らしましょう。」と、二人は誓い合った。
 叔母さんも、ついに二人の願いを許さなければならなかった。そして、二人が、家を出るときに、
「いつまでも、達者で、仲よく暮らすがいい。」といって、見送ったのでした。
 いつのまにか、月日はたってしまった。そして、彼女のことは、おりおり、村人の口の端に上るくらいのもので、だんだんと忘れられていった。村の機屋では、あいかわらず、若い女の機を織る音が聞かれ、唄の声が、家の外へひびいていたのです。
 ある年の秋も、やがて、逝こうとしていました。沖の雲切れのした空を見ると、地平線は、ものすごく暗かったのです。そして、里の子供たちは、丘へ上がって、色づいたかきの葉などを拾っていました。
 この日、ふいに、おせんが、村へ帰ってきました。彼女の姿は、昔とは変わっていたけれど、そのもののいいぶりや、黒い、うるおいのある目つきには、変わりがなかった。
「どうして、帰ってきた?」と、彼女を知っている人たちは、たずねました。
「わたしには、もう二人の子供があります。夫が長い間、病気で臥ていますので、知った人に買っていただこうと思って、商いにまいりました。どうか、わたしの持ってきた品物を買ってください。わたしは、船に乗って、荒海を渡ってやってきました。」といいました。
 村の人たちは、顔を見合わせた。
「このごろ、沖の方は、暴れているだろうに……。」
「まあ、どんなものを持ってきたか……。」
 おせんは、持ってきた品物を、みんなの前に拡げて見せました…

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