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ある男と牛の話
あるおとことうしのはなし
作品ID53014
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 5」 講談社
1977(昭和52)年3月10日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者雪森
公開 / 更新2013-05-13 / 2014-09-16
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ある男が、牛に重い荷物を引かせて町へ出かけたのであります。
「きょうの荷は、ちと牛に無理かもしれないが、まあ引けるか、引かせてみよう。」と、男は、心の中で思ったのでした。
 牛や馬は、いくらつらいことがあっても、それを口に出して訴えることはできませんでした。そして、だまって人間からされるままにならなければなりませんでした。
 牛は、その荷を重いと思いました。けれど、いっしょうけんめいに力を出して、重い車を引いたのです。
 街道をきしり、きしり、牛は、車を引いて町の方へとゆきました。汗は、たらたらと牛の体から流れたのでした。松並木には、せみが、のんきそうに唄をうたっていました。せみには、いまどんな苦しみを牛が味わっているかということを知りませんでした。野原の上を越え、そよそよと吹いてくる涼しい風に、こずえに止まって鳴いているせみは眠気を催すとみえて、その声が高くなったり、低くなったりしていました。
 牛は、心のうちで、せめてこの世の中に生まれてくるなら、なぜ自分は、せみに生まれてこなかったろうとうらやみながら、一歩一歩、倦まずに車を引いたのであります。
 男は、手綱の先で、ピシリピシリと牛のしりをたたきましたが、牛は、力をいっぱい出していますので、もうそのうえ早く足を運ぶことはできませんでした。さすがに、男も、心のうちでは、無理をさせていると思ったので、そのうえひどいことはできなかったばかりでなく、またそのかいがなかったからです。
 それに、真夏のことであって、いつ牛が途の上で倒れまいものでもないと思ったから、よけいに心配もしたのでした。
 街道の中ほどに掛け茶屋があって、そこでは、いつも、うまそうな餡ころもちを造って、店に並べておきました。男は、酒呑みで、餡ころもちはほしくなかったが、牛が、たいそうそれを好きだということを聞いていましたから、やがて、その家の前へさしかかると、
「どうか、この荷物を無事に先方へ届けてくれ。そうすれば帰りに餡ころもちを買ってやるぞ。」と、男は、牛にいったのであります。
 その言葉が牛にわかったものか、牛は重そうな足どりを精いっぱいに早めました。そして、その日の午後、町の目的地へ着くことができたのであります。
 男は、そこで賃金を、いつもよりはよけいにもらいました。心のうちでほくほく喜びながら、牛にも水をやり、自分も休んでから、帰りに着いたのでした。
「牛もたいそうだし、自分も骨だが、多く積んで積めないことはないものだ。すこしこうして勉強をすれば、こんなによけいにお金がもらえるじゃないか……。」と、手綱を引いて歩きながら考えました。
 町を出てから、田舎道にさしかかったところに居酒屋がありました。そこまでくると、男は、牛を前の柳の木につないで、店の中へはいりました。彼は、有り合いの肴でいっぱいやったのでありました。そして、いい機…

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