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老工夫と電灯
ろうこうふとでんとう
作品ID53023
副題――大人の童話――
――おとなのどうわ――
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 5」 講談社
1977(昭和52)年3月10日
初出「解放」1926(大正15)年7月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者栗田美恵子
公開 / 更新2020-11-24 / 2020-10-28
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 崖からたれさがった木の枝に、日の光が照らして、若葉の面が流れるように、てらてらとしていました。さびしい傾斜面に生えた、草の穂先をかすめて、ようやく、この明るく、広い世界に出たとんぼが、すいすいと気ままに飛んでいるのも、なんとなく、あたりがひっそりとしているので、さびしく見られたのであります。
 年とった工夫が、うつむきながら、線路に添うて歩いていました。若い時分から、今日にいたるまで働きつづけたのです。元気で、よく肥っていた体は、だんだんやせてきました。そして、一時のように、重いものを持ったり、終日働きつづけるというようなことは、いまでは困難を感じられたのであります。
 青い色の服の下に、半生の経験と悩みと生活に堪えてきた体が、日に焼けて、汗ばんでいました。
 どこかで、無心にせみが唄をうたっている声がしています。たぶん、あちらの嶺の上に生えている赤松のこずえのあたりであると思われました。
 日の光がみなぎった、外界は、いまこんな光景を写し出していたが、トンネルの内の世界は、また格別でありました。そこへは、永久に日の光というものが射し込んではきませんでした。
 ひやりとした冷たい風が、どこからともなく吹いてきて、闇の中を過ぎていきます。それは、沈黙の世界に、なにか気味悪い思い出をそそらせようとするものでした。
 この闇の中に、ただ一つ生きているもののごとく思われたものがあります。それは、半丁おきごとに点されている電燈でありました。
 その光の弱い電燈は、闇の中をわずかに円く一部分だけ切り抜いたもののように、ほんのりと明るく浮き出していました。
 この電燈の光は、生物の体内にある心臓のようなものです。点りはじめたときがあって、また終わりがあるのです。だれも、それを点けたり、消したりするものがないのだから、こうして点っているときは、電燈が生きているのでした。そして、暗く消えたときは、この電燈が死んだときなのであります。
 冷たい風は、おびやかすように、電燈の面をなでていきました。心臓が規則正しく、生物の胸で打っている間に、いろいろな怖ろしい脅迫が肉体を襲うようなものです。しかし、電燈はあいかわらず、またたきもせずに点っていました。
 このとき、年とった工夫は、トンネルの入り口にさしかかったのです。彼は、注意深く足もとを見つめて、一歩、一歩、拾うようにして、闇のうちへ吸い込まれるようにはいってきました。
 ひじょうに長くもなかったから、彼は、このトンネルを、あちらに抜けようとしていたのであります。闇の中を歩いてきた工夫は、一つの電燈の下にくると、歩みを止めたのでした。そして、しばらく、ぼんやりとして、電燈をながめたのでした。
 彼は、電燈がうらやましかったのです。すべての煩わしい外界からさえぎられて、この暗いけれど安全な、トンネルの中で、じっとして静かな生活を送…

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