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父の葬式
ちちのそうしき
作品ID53044
著者葛西 善蔵
文字遣い新字新仮名
底本 「日本文学全集31 葛西善蔵・嘉村礒多集」 集英社
1969(昭和44)年7月12日
入力者住吉
校正者小林繁雄
公開 / 更新2011-12-21 / 2014-09-16
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 いよいよ明日は父の遺骨を携えて帰郷という段になって、私たちは服装のことでちょっと当惑を感じた。父の遺物となった紋付の夏羽織と、何平というのか知らないが藍縞の袴もあることはあるのだが、いずれもひどく時代を喰ったものだった。弟も前年細君の父の遺物に贈られた、一族のことで同じ丸に三つ柏の紋のついた絽の羽織を持っているが、それはまた丈がかなり短かかった。
「追而葬式の儀はいっさい簡略いたし――と葉書で通知もしてあるんだから、いっそ何もかも略式ということにしてふだんのままでやっちまおうじゃないか。せっかく大事なお経にでもかかろうというような場合に、集った人に滑稽な感じを与えても困るからね」とその前の晩父が昨年の十一月郷里から持ってきた行李から羽織や袴を出してみて、私は笑いながら言ったりした。
「そんなものではないですよ。これでけっこう間に合いますとも。その場に臨んでみると、ここで思ってるようなものじゃないですよ」と、義兄は私たちを励ますように言った。
「それではひとつ予習をしてみるかな。……どうかね、滑稽じゃないかね?……お前も羽織を着て並んでみろ」と、私は少し酒を飲んでいた勢いで、父の羽織や袴をつけて、こう弟に言ったりした。
「何で滑稽だなんて。こんなあほらしいことばかし言ってる人見たことはない……」と、私とは十近くも違う姉は、さすがにムッとした様子を見せて言った。
「まあとにかく先方へ行った上で、集った人たちの様子によって第一公式にするか、第二公式にするか、まあそういうことにしようじゃありませんか」と、弟も笑いながら言った。
 朝落合の火葬場から持ってきたばかしの遺骨の前で、姉夫婦、弟夫婦、私と倅――これだけの人数で、さびしい最後の通夜をした。東京には親戚といって一軒もなし、また私の知人といっても、特に父の病死を通知して悔みを受けていいというほどの関係の人は、ほとんどないといってよかった。ほんの弟の勤めさきの関係者二三、それに近所の人たちが悔みを言いに来てくれたきりだった。危篤の電報を石ノ巻にいる義兄へだけ打ったが、それは七月十一日の晩で、十二日の午後姉夫婦が駆けつけ、十三日の朝父は息を引取った。葬式の通知も郷里の伯母、叔父、弟の細君の実家、私の妻の実家、これだけへ来る十八日正二時弘前市の菩提寺で簡単な焼香式を営む旨を書き送った。
 十七日午後一時上野発の本線廻りの急行で、私と弟だけで送って行くことになった。姉夫婦は義兄の知合いの家へ一晩泊って、博覧会を見物して帰るつもりで私たちより一足さきに出かけた。私たちは時間に俥で牛込の家を出た。暑い日であった。メリンスの風呂敷包みの骨壺入りの箱を膝に載せて弟の俥は先きに立った。留守は弟の細君と、私の十四の倅と、知合いから来てもらった婆さんと、昨年の十一月父が出てきて二三日して産れた弟の男の赤んぼとの四人であった。出て行く…

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