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風隠集
ふういんしゅう |
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作品ID | 53049 |
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著者 | 北原 白秋 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「白秋全集 9」 岩波書店 1986(昭和61)年2月5日 |
入力者 | 岡村和彦 |
校正者 | フクポー |
公開 / 更新 | 2018-01-25 / 2017-12-26 |
長さの目安 | 約 51 ページ(500字/頁で計算) |
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震前震後
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薄日の崖
白菊
目にたちて黄なる蕋までいくつ明る白菊の乱れ今朝まだ冷たき
黄の蕋のいとど目にたつ白菊は花みな小さし咲き乱れつつ
さえざえと今朝咲き盛る白菊の葉かげの土は紫に見ゆ
独遊ぶ今朝のこころのつくづくと目を留めてゐる白菊の花に
菊の香よ故しわかねどうらうらに咲きの盛りは我を泣かしむ
咲くほどは垣内の小菊影さして日のあたり弱きしづもりにあり
独居はなにかくつろぐ午たけて酒こほしかもこの菊盛り
この垣内見つつ狭けど白菊のにほふおもてのかぎりなく澄む
籬の菊
鎌倉小町園にて
日あたりの籬の白菊小町菊盛り過ぎつつなほししづけさ
白菊や香には匂へどうつつなしよにしづかなる日ざしあたれり
菊の影いくつしづけき真柴垣日は移るらしあたるとなしに
かの薫るは日当りの菊日かげの菊いづれともわかぬ冷たき菊の香
日向べは観てしづかなり菊の香のうつらかがよふひと日遊ばむ
草の穂
父母のしきりに恋し雉子のこゑ 芭蕉
日当りと日影のすぢめ目につきてしきりにさびし穂にそよぐもの
かやの実
榧の木にかやの実の生り、榧の実は熟れてこぼれぬ。こぼれたる拾ひて見れば、露じもに凍てし榧の実、尖り実の愛し銃弾、みどり児が頭にも似つ、わが抱ける子の。
かい擁へかやの実ひろふ朝寒し子が掌にもしかと一つ持たしつ
かいかがみ拾ふ木の実のか青さよしみじみと置く今朝の露霜
みどり児が力こめたる掌に一つ手にぎる小さきかやの実
霜じみの一つかやの実押し据ゑて何ぞこの子があつき掌
かやの実も愛しとは思へかい撫でて吾がみどり児が愛し頭毛
みどり児の尖る頭よよく似ればあはれよひろふ凍てしかやの実
今朝も見てここだ現しきかやの実やほらよほらよと子に拾ひつつ
かやの根にかやの木地蔵ましまして子らも立ちたり霧の木しづく
地にころげここだ下凍むかやの実はかきさがすまも愛しかりけり
籐椅子の上
何あそびうつつなき子ぞ椅子の上にゆらぐ頭のうしろのみ見ゆ
うつつなく頭揺りをるうしろ影わが子ぞと見つつ息もつきあへず
独よく遊ぶ吾子や久しくを声ひとつたてず真日あかるきに
気にふかく遊ぶ吾子や後附きてうかがひほほえみ息つむ我は
あれの児が独あそびの幼くてはずみあまれば手を挙げ叫べり
葉鶏頭の種子
うらなごむ今日の日向や種子とると刈りて干したり了へし葉鶏頭
茎も葉もあかき葉鶏頭根刈りして地にたたきをり房の種子殻
掌の汗にしみみ粒だつ紅の種子葉鶏頭の種子は柔ら揉みつつ
ねもごろにけふも了へたり葉鶏頭の千金丹は布の袋に
薄日
いつしかと寒うなるらし見つつ行く薄日の崖の竹煮草のかげ
竹煮草の枯がれの葉のがさつき葉をりふしの風も陽もかげらしむ
枯れにけり今は芙蓉の実の殻の中干割れつつ光る絹の毛
冬晴
…