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ある冬の晩のこと
あるふゆのばんのこと
作品ID53122
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 6」 講談社
1977(昭和52)年4月10日
初出「婦人倶楽部」1928(昭和3)年4月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者へくしん
公開 / 更新2021-02-08 / 2021-01-27
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 橋のそばに、一人のみすぼらしいふうをした女が、冷たい大地の上へむしろを敷いて、その上にすわり、粗末な三味線を抱えて唄をうたっていました。
 あちらにともっている街燈の光が、わずかに、寒い風の吹く中を漂ってきて、この髪のほつれた、哀れな女を、闇のうちに、ほんのりと浮き出すように照らしているばかりなので、顔もはっきりとわからなかったが、どうやら女は両方の目とも見えなかったようです。
 多くの人々は、いろいろの運命に支配されるのでした。だれも、自分の未来についてわからなければ、また、他人の生活についても、わかるものでありません。ただ、この哀れな女が、ひとりぼっちになって、この橋のたもとにすわって三味線を弾き、前を通る知らぬ人たちに、同情をこわなければならぬまでには、少なからぬ苦労をしてきたことと思われるのでした。
 病気のために、働こうと思っても、思うように働けなかったこともあろうし、また、いくら働いても、働いても、親兄弟の世話をしなければならぬために貧乏から脱れられなかったり、その間にどういう複雑な事情があったことかしれません。もし私たちが、そういう世の中の不幸な人にあって、話を聞いてみたら、たいていの場合は、その人に対して、同情をせずにはいられなかったでありましょう。
 とはいうものの、人間は、たいていの場合、自分のことばかり考えているものでした。そして、ここを通る人たちも、多くは、この哀れな女のことを深く気にとめるものはなかったのでした。
「おお寒い、早く家へ帰ろう。」といって、てんで道のそばに、そんな女がすわって、三味線を弾いているということなどに気をとめないものもありました。
 また、中には、見ても見ぬふりをしてゆく紳士もありました。その紳士は、良心があったから、心のうちでは、こうした不幸の人間をかわいそうだと思わないではなかった。しかし、ずんずんその前を通り過ぎてしまったのです。
「あ、もしもし、二銭でも、三銭でも、投げてやったら、どうだ?」と風が、後を追いかけていって、紳士の耳にささやきました。
 すると、紳士は、ちょっと立ち止まったが、そして頭を傾けたが、自分の弱気のせいだというように考えて、
「おれは、三味線の音を聞かないようにして、耳を押さえて通ったはずだ……。」と、こう申しわけをしていってしまいました。こんど、風は、そこに立っていた、やさしそうな女の耳にささやきました。
「さっきから、ここに立って、三味線を聞いているではないか、おあしを投げておやんなさい。」
 女は、急に、あたりを見まわしました。そして、だれに向かっていうとなく、
「わたしは、ほかのことを考えていたのよ、あの三味線の音も、唄も、耳に入れてはいやあしなかったわ。」と弁解して、さっさと立ち去ってしまいました。
 こんどは星が、先刻から、感心して、唄を聞いている、商人ふうの男に、…

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