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北の少女
きたのしょうじょ
作品ID53127
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 6」 講談社
1977(昭和52)年4月10日
初出「童話文学」1928(昭和3)年9月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者へくしん
公開 / 更新2021-12-27 / 2021-11-27
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 少年は、海をながめていました。青黒い水平線は、うねりうねっていました。それはちょうど、一連の遠い山脈を見るように思われたのです。そして、いまにもなにか不思議な、珍しいものが、その小山のいただきのあたりに跳り上がらないかと、はかない空想を抱きながら待っていたのでした。
「もう、この海にも、じきにお別れしなければならない。」
 こう思うと、彼の胸は、迫ってくるのでした。それほど、この自然に親しんだばかりでなく、この村の子供たちとも仲よくなったのでした。
「なに、見ているの?」
 短い着物をきて、頭の髪をぐるぐる巻きにした十三、四の女の子が、少年がだまって、砂の上に腰をおろして、じっと沖の方を見ているそばへ寄ってきました。そして、それがなんであるか、自分も見ようと思って、黒い瞳をば波の上へ馳せたのです。海は、生きているもののように動いていました。かすかにうなり声をたて、波があちらへ引いたかと思うと、つぎには、もっと大きな怒り声に変わって、勢いよく襲ってきたのです。しかも、同じことを根気よくくりかえしていました。おそらく幾千万年の昔から、そのことに、変わりはなかったでありましょう。
「わたしには、なんにも見えはしないわ。」
 彼女は、こういいました。海の上の空は、雲切れがして、青いところは、そこにも海があるように、まったく海の色と同じかったのであります。
「あちらを見ていてごらん、いまになにか見えるから……。」と、少年は、いいました。
「もうすこしたつと、新潟の方から、汽船がくるわ。まだ、黒い煙も見えやしないわ。」
 彼女は、風に吹かれながら立っていましたが、やがて、自分もまた砂の上へすわったのです。そして、やはり海の方を見ていました。
「僕は、なにかの雑誌で見たんだよ。黒い海坊主が、にょっきりと波の上から、頭を出したのを……。いんまに、海坊主が、あちらの沖へ見えるかもしれない。」と、少年は、いいました。
 彼女は、少年の顔をなつかしげに見あげて、
「その雑誌見たいけど、いま持っているの……。」
「持っていない。」
「泊まっている家にあるの?」
「東京に……。」
 少年は、東京という言葉を口にすると、帰る日が迫ったということにすぐ気がつきました。ここへきてからあまり思い出さなかった、にぎやかな景色が、ありありと目に浮かんだのであります。自動車や、電車の通っている広い通りは、まだ暑そうに、日がてらしている、人間の姿が小さなありのように、その間に動いている有り様などが想像されたのでした。しかし、しばらくそこを離れていると、なんとなく都へ帰るのがうれしかった。東京にも、たくさんなお友だちがあって、なかには、自分の帰るのを待っていてくれるものもあると思ったからです。
 しかし、彼は、ここにいる少女をはじめ、ここへきてお友だちとなった村の子供たちと別れるのが、なにより悲しか…

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