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酒屋のワン公
さかやのワンこう
作品ID53128
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 6」 講談社
1977(昭和52)年4月10日
初出「童話文学」1928(昭和3)年7月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者へくしん
公開 / 更新2021-05-25 / 2021-04-27
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 酒屋へきた小僧は、どこかの孤児院からきたのだということでした。それを見ても、彼には、頼るものがなかったのです。
 ものをいうのにも、人の顔をじっと見ました。その目つきはやさしそうに見えたけれど、なんとなく、不安な影が宿っていました。
「もしや、自分のいったことが、相手の心を傷めて、しかられるようなことはないかしらん?」と、思ったがためです。
 世間の心ある親たちは、そのようすをながめたときに、「親のない子は、かわいそうなものだ。」といいました。
 彼は、十二、三になりましたが、年のわりあいに脊が低かった。そればかりでなく、歩く時分、二本の短い足が内輪に曲がっているから、ちょうどブルドッグの歩くときのような姿を想像させたのでした。そのことから、いつしかだれいうとなく、「酒屋のワン公」と、呼ぶようになりました。そして、この哀れな少年の本名すら知るものがありません。彼は、ついに、いつもこのあだ名で、ワン公、ワン公と呼ばれていたのです。
 この少年の足は、生まれながらにして、こんなふうに、曲がっていたのではなかったのでした。不幸な境遇は、やっと、六つか七つぐらいになった時分から、赤ん坊をおぶわせられて、守りをしたからです。そして、まだ、柔らかな足の骨は、体に過ぎた重みを与えたために曲がったのでした。
 彼の歩きつきを笑う、だれがこのことを知りましょう?

 しっとりとした、静かな夏の夕暮方であります。圃に立っている、とうもろこしの、大きな垂れさがった葉に腰をかけて、馬追いが、知っているかぎりの唄をうたっていました。
 さわやかな風が、中空を吹きわたりました。いつ出たか、まんまるな月が、にこやかに、こちらを見て笑っていました。
「たいへんに精が出るな。」と、月はいいました。馬追いはびっくりして、二本の長いまゆ毛を動かして、声のした空を仰ぎながら、
「あのやさしい、酒屋の小僧さんが、さっきから熱心に聞いていてくれるものですから……。」と、答えたのです。
 これを聞くと、月は、心配そうに、林の間から頭を振りました。ちょうど、それと同時でした。
「ワン公、晩方のいそがしいのに、こんなところで、なにを油を売っているのだ。」と、主人のどなり声がすると、つづけさまに、彼の頭をなぐる音がしました。

 酒屋の白い犬が子を産みました。
「また、こんなやっかいなものを産みやがった。」と、主人はいって、子供をみんな河へ流してしまいました。親犬は、きちがいのようになって探していました。そこへ、三十あまりの旅の女が、三味線を抱えて門口から入ろうとすると、白い犬は、女の足にかみついたのです。この知らない女が、自分の子供を奪ったとでも思ったのでありましょう。女は、驚いて救いを求めました。
 主人は、知らぬ顔をして、外へは出ませんでしたが、ワン公は、すぐ飛び出して犬を追いはらいました。女の足から…

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