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般若の面
はんにゃのめん
作品ID53134
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 6」 講談社
1977(昭和52)年4月10日
初出「赤い鳥」1928(昭和3)年11月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者へくしん
公開 / 更新2021-11-09 / 2021-10-27
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 町からはなれて、街道の片ほとりに一軒の鍛冶屋がありました。朝は早くから、夜はおそくまで、主人は、仕事場にすわってはたらいていました。前を通る顔なじみの村人は、声をかけていったものです。
 長かった夏も去って、いつしか秋になりました。林の木々は色づいて、日の光は、だんだん弱くなりました。そして枯れかかった葉が思い出したように、ほろほろと、こずえから落ちて、空に舞ったのであります。
 もうこのころになると、この地方では、いつあらしとなり、あられが降ってくるかしれません。百姓は、せっせと畠に出て、穫りいれを急いでいました。鍛冶屋の主人は、仕事の間には、手をやすめて、あちらの畠や、こちらの畠の方をながめたのです。そして、天気がよく、ほこほことして、あたたかそうに、秋の日が平和に、林の上や、とび色に香った地の上を照らしているときは、なんとなく、自分の気までひきたって、のびのびとしましたが、いつになく曇って、うす寒い風が吹くと、これからやってくる冬のことなど考えられて、ものうかったのです。
 ある日の晩方から、急にあらしがつのりはじめました。落ち葉は、ちょうど、ふいごを鳴らすと飛ぶ火の子のように、空を駆けて、ばらばらと雨まじりの風とともに、空へ吹きつけたのでした。
「いよいよ、このようすだと、二、三日うちには雪になりそうだ。」と、主人は、独り言をしました。
 女房は、勝手もとで、用をしていましたが、彼は暗い奥の方をわざわざ向いて、
「晩には、雪が降るかもしれないから、みんな外に出ているものは、取りいれろや。」と、大きな声でいって、注意をしたのでした。
 彼は、やがて、女房と二人で、そこそこに夕飯をすましました。ふたたび、仕事場にもどって、鉄槌で、コツコツと赤く焼けた鉄を金床の上でたたいていました。戸の外では、あらしがすさんでいます。彼は、思わず、その手をやめて、あらしの音に聞きとれたのでした。
 このとき、戸の外で、だれか呼びかける声がしました。
 だれだろう? この暗い、あらしの晩に、しかも、いまごろになって声をかけるのは……と、主人は考えました。きっと、村の人が、なにか用事があっておそくなり、そして、いま帰るのだろう……と、こう思って、彼は、立って雨戸を細めにあけて、のぞいたのです。
 戸のすきまから、ランプの光が暗い外へ流れ出ました。そこには、まったく見知らない男が立っていた。主人は、目をみはりました。すると、その男は、
「私は、旅のものですが、知らぬ道を歩いて、日が暮れ、このあらしに難儀をしています。宿屋のあるところへ出たいと思いますが、町へは、まだ遠いでございましょうか?」と、たずねました。
 主人は、その知らぬ男のようすをしみじみと見ましたが、まだ、それは若者でありました。どう見ても、ほんとうに、困っているように見られたのです。
「それは、お気の毒なことで…

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