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街の幸福
まちのこうふく
作品ID53135
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 6」 講談社
1977(昭和52)年4月10日
初出「童話文学」1929(昭和4)年7月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者へくしん
公開 / 更新2022-05-23 / 2022-04-27
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 盲目の父親の手を引いて、十二、三歳のあわれな少年は、日暮れ方になると、どこからかにぎやかな街の方へやってきました。
 父親は、手にバイオリンを持っていました。二人は、とある銀行の前へくると歩みをとめました。そこは、石畳になっていて、昼間は、建物の中へはいったり、出たりする人々の足音が鳴るのであったが、夜になると、大きな扉は閉まって、しんとして、ちょうど眠った魔物のように、建物は、黒く突っ立っていました。
 親子のものには、このうえない、いい場所であったのです。ほかの人に、その場所を取られてはならないと思って、まだ、あたりの暗くならないうちから、やってきて、しょんぼりと、扉のわきに背を寄せて立っていました。
 やがて、街には、燈火が、花のように輝いて、頭の上の空は、紫色に匂い、星の光があちら、こちらと、ちりばめた宝石の飾りのようにきらめきはじめると、街の中を、ぞろぞろと男女の群れが、ざわめきたって流れたのでした。
 もう、人々の顔は、そんなに、はっきりとわかりませんでした。このとき、父親は、頭をすこしかしげぎみにして、バイオリンを弾き、少年は、それに合わせて、唄をうたいました。童謡もあれば、また、流行歌のようなものもうたったのであります。
 前を通りすぎる人々は、ただ、こちらを見て、いってしまうのや、また、ちょっと立ち止まって、二人の顔をのぞきこんで歌も聞かずに、去ってしまうのもあり、あるいはしばらくたたずんで、バイオリンの音と、少年の歌うのを聞いているものもありました。
 その長い間、みすぼらしいふうをした父親は、同じ姿で、楽器を弾いていました。自分の弾く音色に、ききとれているのか、それとも子供の唄にききとれているのか、うつむきかげんに頭をかしげていました。やがて、いくつかの唄がすむと、少年は自分のかぶっている帽子を脱って、それを持って、立っている人々の前をまわりました。すると、なかには帽子の中に銭をいれてやるものもあったが、少年が、その前にこぬうちに、さっさといってしまうものもありました。
 時がたつと、人の往来も減じてゆきました。そして、まわりに立つ人影も少なくなった。けれど、二人は、明日の生活のためには、まだ、その晩の稼ぎをつづけなければなりません。いつしか、このあわれな父親と子供だけを、そのまま残して、人々は、みんなどこへか消えてしまいました。おそらく、めいめいの明るい家庭へ、幸福なすみかへ帰ったのでありましょう。
 少年は、さびしそうに、あたりを見まわしました。あちらの電車の停留場の方も、一時のように、人の黒い影もなければ、ただ、レールが、光ってみえるだけです。空には、いままでより、もっとたくさん星が見えていました。
「これから、私たちが、楽しく遊んで、人間をうらやましがらせてやるのだ。」と、星たちが、話しているように思われたのです。
 父親は、…

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