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貸間を探がしたとき
かしまをさがしたとき
作品ID53145
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「文豪怪談傑作選 小川未明集 幽霊船」 ちくま文庫、筑摩書房
2008(平成20)年8月10日
初出「中央公論」1923(大正12)年5月号
入力者門田裕志
校正者坂本真一
公開 / 更新2016-08-03 / 2016-06-21
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 春の長閑な日で、垣根の内には梅が咲いていた。私は、その日も学校から帰ると貸間を探がしに出かけた。
 その日は、小石川の台町のあたりを探がして歩るいた。坂を登って、細い路次にはいって行った。赤い煉瓦塀についたり、壊れかけた竹垣に添ったりして、右を見、左を見たりして行くと、ふと左側のすぐ道ばたの二階家に、「貸間あり」の紙札が下っていた。
 私は、先ず外から立ってその家の有様を眺めた。古い家で、四角な、そう大きな家でなかった。そして、二階家といっても非常に低くて、背伸をしたら、二階の内部が往来からでも見えそうであった。思うに、その家は、可なり低地に建っていたものと思われる。何しろ、私が学校に行っている時分のことであって、もうかれこれ二十年近くの昔になるから、はっきりとした、その時の印象が浮んで来ないのに無理はない。しかし、その壊れかけた垣根のうちから、外の方へ差し出た梅の枝には、ぽつらぽつらと白い花が咲いていた。
 私は、とにかく入って、その室を見ようと思った。そして、入口から声をかけると白髪の爺さんが、庭先に何かしていたが、
「どうぞおはいり下さい。二階ですから」と、言った。
 私は早速家にはいって二階へ上って見た。畳の汚れた、天井張りの低い六畳の間であった。外から見た時には、南に縁側がついているので、暖かそうに、日がよく当っていて明るそうであったが、室の内にはいって見ると何うしたことか、陰気で、暗っぽい感じがした。しかも窓が、東の方にも付いていたけれど、どういうものか気持を引立てなかった。
「この室には、はいる気がしない」
 私は、ただこんなことが念頭に浮んだ。そして、爺さんが静かだとか、日がよく当るとか、学校にもそう遠くはないと言ったことなどを耳に聞きながらも、私は、しばらく黙って考えていた。
「また、よく考えて来ます」
 こう言って、私は、その家から出た。そして、他にも、貸間はないかと、方々探がして歩るいた。他にも、好ましい家はなかった。しかし、私は、思い返して、二たびあの二階家へ行って見る気は、どういうものか起らなかったのであった。
 ある時、Bの室で、二三人学友が集った時、貸間の話が出たのであった。やはり、みんなも貸間を探がしていたと見える。
 Nが、電燈の下で、眼鏡を光らせながら言った。
「台町になら、一軒二階で貸間があるんだ。まだ、きっと開いているだろう。長くいるものがないのだ。ぼくの友達も、あすこへ行ったのだ。移って行った晩だね、夜中頃に、ふと眼をさますと、女が室の中を歩いているのだそうだ。青い顔をして、俯向いて、隅の方を足音を立てずに歩いているのだそうだ。友達は、自分は、夢を見ているのではないか? と、気をしっかり持った。しかし夢ではなかった。自分は、幻想を見ているのではないか? と考えた。しかし、眼にはっきりとその女が見えた。友達は、…

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