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黄色い晩
きいろいばん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「文豪怪談傑作選 小川未明集 幽霊船」 ちくま文庫、筑摩書房
2008(平成20)年8月10日
初出「早稲田文學」1909(明治42)年4月号
入力者門田裕志
校正者坂本真一
公開 / 更新2018-10-25 / 2018-09-28
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 垣根の楓が芽を萌く頃だ。彼方の往来で――杉林の下の薄暗い中で子供等が隠れ事をしている。きゃっきゃっという声が重い頭に響く。北から西にかけて空は一面に黄色く――真黒な雲がその上に掩い被さって、黄色な空をだんだんに押しつけて、下に沈ませているようだ。刻々に黄色な空が減じて終には一直線となって、はっきりと地平線から此方を覗き込んでいる。それが厭らしい細長い眼付で笑っているように思われた。
 悪寒い風が北方の海から吹いて来る。煤けた障子を閉めて灰色の壁に向った周蔵は、頭を手拭で鉢巻して、床の上に起上って考え込んでいた。障子も一時は黄色に見えたが漸次薄暗くなって、子供等の鬼事の声も遠ざかってしまうと、遥かにボーッ、ボーッと蒸汽船の笛の音が聞える。三里彼方の直江津の港を今しも出帆する汽船が新潟に向って立ったのであろう。

 この時、私は周蔵を訪れた。
 周蔵は三十二三の若者である。唇の尖った色の浅黒い丈夫そうな男である。彼は村の吉沢という家の次男で、この頃一人この家に別家したので、彼は独身者である。僅かばかりの金を別てもらって、その日その日を何もせずに暮しているのであった。昼でも彼は臥ろんでいる。いつ行って見ても彼はごろりと臥ろんで何かむしゃむしゃと食べていた。
「周さん鳥が来たから指しておくれよ。」と沢山鶸が裏の松林に来た時に行って頼んで見たが、
「厭だ。」といって受け合なかった。
 彼の家というのは三軒長屋の中である。去年あたりまで天理教の行者が住んでいたのであった。
 その行者というのは、頭の禿げた目尻の垂れた口軽な、滑稽じみた男であったがたえず信者を集めて、加持祈祷をしていたので、今周蔵のいる家がその神様を祭った場所である。行者は西隣に住んでいた。今一軒の家には小学校の教師が住んでいたが、今でも尚お住んでいる。
 その頃周蔵のいる家の前は、往来に出るまで圃の中に細道があって、その道の両側に樫の木や、榛の木や、桜の木や、椿の木が植られてあり、木の根には龍の髭が植られてあった。私はよくこの木の下に来て龍の髭に生る青い実を他の多くの子供等と共に争っては取ったものだ。真夏の時分には樫の木の葉がちらちらと日光に輝いて赤い実が葉隠れに見え、蜻蛉が来ては頭の上をぐるぐると舞っているのを独り欲しそうにその木の下に佇んで、赤い実を見上げていたこともある。
 今周蔵のいる家は、全く変っていて前には、格子戸が閉っていた。中は薄暗く、鏡が光って、大きな太鼓と榊に白紙の結び付けられた生花と、御幣と、白い徳利とが目に入って、それに賽銭箱が直ぐ格子戸の際に置かれてあった。また賽銭箱の上にはだらりと赤、白、紫の交りの紐が垂下っていて、青錆の出た鈴が上に吊されていた。其等の紐は、多くの人々の手垢に汚れて下の方が黒くなっていたことを覚えている。その他堂の中には献納の絵額が五枚も六枚もかかっていた…

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