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北の冬
きたのふゆ
作品ID53147
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「文豪怪談傑作選 小川未明集 幽霊船」 ちくま文庫、筑摩書房
2008(平成20)年8月10日
初出「新小説」1908(明治41)年10月号
入力者門田裕志
校正者坂本真一
公開 / 更新2017-12-06 / 2017-11-24
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 私が六ツか七ツの頃であった。
 外の雪は止んだと見えて、四境が静かであった――炬燵に当っていて、母からいろんな怖しい話を聞いた。その中にはこんな話もあったのである。
 毎晩のように隣の大貫村に日が暮ると赤提燈が三つ歩いて来る。赤い提燈は世間に幾らもある。けれども何の提燈でも火を点すと後光が射すのが普通だ。然るにその提燈に限って後光が射さない。その赤い提燈は十間ばかり互に隔を置いて三つ、東南の村口から入って来て何処へか消えてしまうのである。最初それを見付たのが村の端に住んでいた百姓家の爺であった。夜遅くまで仕事をやって、もう寝ようと思って戸の口を出るとその気味の悪い赤い提燈が三つ、彼方の野原を歩いているのが見えたという。
 その村の西には大きな池がある。やはり雪が降たので水の上には雪が溜っていた。きっとこの池の周囲に住んでいる狐か狸が大雪で、食物に困って種々な真似をやるのだろうと思って、その夜は寝た。明る日爺はその事を村の者に話した。すると己も今晩は見届てやると村の若者等は爺の家に集って、寝ずにその頃となるのを待っていた。
 その夜は非常に吹雪のした晩であった。普通の者は迚も、この広い野原を歩けない。勿論道の付いている筈がなし、北西の風を真面に受けて、雪が目口に入って一足も踏み出せるものでない。
 やはり三つの提燈は東南の村の口から入って来て、野原を通って何処へか消えてしまった。
「や、厭な提燈だぞよ。」と一人がいった。
「物凄い赤い燈火だな。」といった者もある。
「あれは人魂だ。」といった者もあった。
 けれどその夜は、それで寝てしまった。明る日村の某々等は互に語り合った。
「あの、提燈は何処へ消えるだろう。」と一人がいった。
「さあ、何処へ消えるか……。」
「池ではないか。」
「一つ今夜は見届けようじゃねえか。」
と相談が纏った。某々等は例の爺さんの小舎に集って、その時刻の来るのを待っていた。その夜は珍らしく雪が晴れて、雲間から淋しい冬の月が洩れている……一望漠々たる広野の積雪は、寒い冴えた月の光りを帯んで薄青く輝いていた。
「非常に寒い晩だな。」と一人がいう。
 やがて、身を切るような木枯が野を横切って、暫時その音が止むと、一人は、
「見えた見えた。」と村の端の入口を指した。
 三つの赤い、後光のない燈火が、村の中へ入って来た。其処で一同は、互に警め合って、家を出てその提燈の行衛を追うて行った。皓々として、白雪に月の冴え渡った広野は、二里も三里も一目に見えるように薄青く明るかった。夜が更けるに従って、雪が凍って堅かったが、各自が警め合って雪の上を踏んで行くと、脛を切るように抜け落ちるのである。折々木枯が激しく吹き荒んだ。けれど彼方に見える三つの提燈の燈火は瞬きもしなければ、揺れもしない。独りでに歩んでいる。やっと二三十間ばかりの処に近づいて、月の光りに…

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