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日没の幻影
にちぼつのげんえい
作品ID53158
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「文豪怪談傑作選 小川未明集 幽霊船」 ちくま文庫、筑摩書房
2008(平成20)年8月10日
初出「劇と詩」1911(明治44)年4月号
入力者門田裕志
校正者坂本真一
公開 / 更新2018-08-01 / 2018-07-27
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

〔人物〕
第一の見慣れぬ旅人
第二の見慣れぬ旅人
第三の見慣れぬ旅人
第四の見慣れぬ旅人
第五の見慣れぬ旅人
第六の見慣れぬ旅人
第七の見慣れぬ旅人
白い衣物を着た女
〔時〕
現代

遥かに地平線が見える。広い灰色の原には処々に黄色い、白い、赤い花が固って、砂地に白い葉を這って、地面から、浮き出たように、古沼に浮いているように一固り宛、其処此処に咲いている。少し傾斜して一軒の小舎がこの広い野原の左手に建っている。ちょうど赤錆の出た箱のようで、それに付いている蓋の錠が錆び付いて鍵はいつしか失われたもののように、一つの窓があるが、閉っている。夕日はその閉った窓の上に、その赤黒い小舎の上に落ちている。

第一の見慣れぬ旅人 この広い、果しのない沙原。疲れているように、物憂いように、あのゆるい波の如く、病的の発作のように波動をしている地平線を見よ。ああ曲線の果なくつづいている地平線の彼方へ、私は歩いて行くのだ。幾日も、幾日も、ただ独りで話しするものもなければ、また眼を楽しますものもない。(足許を見廻して)この黄色な花、何という色の褪せたような花だろう、この白ちゃけた沙原に咲いて、沈黙の裡に花を開いて、やがては萎んでしまう花だもの、誰がこの花を心して見るものがあろうか。空を飛ぶ鳥も、稀に小さな黒い影をこの沙原に落すことがあっても何等の音もしない。ああ、この白い花、硫黄に晒されて、すべての色の死んでしまった後の白い抜殻のようだ。ああ、この紅い花、私は、鶏の肝臓を切った時に出る血の色を思うような赤い色をしている。或時は、全く是等の草花も咲いていない、沙原ばかりを歩いて来た。
第二の見慣れぬ旅人 私もやはり、そうであった。而して、遥かに黒い物を見た時は、それが何んであるか分らなかった。日の光りが弱って、沙原の上を黄色く染めていた。ちょうど熱病を患った時、セメンを飲んで、天地が黄色く見えるその時のように、悩ましげに見えた。その弱い日の光りの中に黒い物を認めた時、最初私は木立であるかと思った。
第三の見慣れぬ旅人 木立……あの、夢のように立っている黒い杉の木か……いや杉の木か何んだか分らない。まあ杉の木のように、もっと葉の軟かなような、色の緑色の箒を立てたように鬱然とした、而して日の弱い光りを浴びて蝋のような、燐の燃えるような、或時は尼が立っているとも見え、或時は、人が立って黙想に耽っているとも思われ、或時は、薄気味悪い杉の木の立っているようにも思われた……(第二の旅人の顔を覗く。力なげな様子である。)
第二の見慣れぬ旅人 そうであった。私も、そのような木立を見た。筆を立てたような、さながら魂いでもあって、この疲れた沙漠を歩いている魔物のような、しかし、静かに、音を立てずに抜足して歩いているような木立であるかと思った。
第一の見慣れぬ旅人 私もそのような木立を見た。(頭を廻らし…

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