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不思議な鳥
ふしぎなとり
作品ID53161
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「文豪怪談傑作選 小川未明集 幽霊船」 ちくま文庫、筑摩書房
2008(平成20)年8月10日
初出「趣味」1910(明治43)年2月号
入力者門田裕志
校正者坂本真一
公開 / 更新2020-12-20 / 2020-11-27
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 車屋夫婦のものは淋しい、火の消えたような町に住んでいる。町は半ば朽ちて灰色であった。
 町には古い火の見櫓が立っていた。櫓の尖には鉄葉製の旗があった。その旗は常に東南の方向に靡いていた。北西の風が絶えず吹くからである。また湯屋があった、黒い烟が、町の薄緑色の夕空に上っている……車屋の家は、軒の傾いた小さな店で蝋燭屋の隣りにあったが、日が暮れると直に戸を閉めてしまうのが常である。老夫婦は成たけ日暮方の寒い風に当らないようにしている。自分で枯木のような体だと思って大事にしている。どうせ老い先は余り長くない。けれど風を引いて早く死ぬにも当るまいと思っているらしい。昔は夜道でも車を引いて歩いたことがあったが、この四五年は車を人に貸しているばかりで毎日軒の柱に掛けた小鳥の囀るのを見て日を暮している。庭へ出て蜘蛛を捕って来てやるのが課業である。老婆は大きな眼鏡をかけて冬の仕事に取かかって襤褸を縫ている……鳥籠の上に彼方の家根の上から射し下す日は温かに落ちて、小鳥は頸を傾げて澄み渡った空を細い竹の骨を通して眺めながら小声で囀り始める。それを見て目を細くして聞いている髭の白い老人は、いつしか自分の若かった時分の日のことを考え出す……。
「ああ、己もあんな時代があったのだ。」……其様空想に耽っていると、日は蔭って、小鳥は囀るのを止めてしまった。
「日が蔭って、晩方の風は寒い、早く家へ入れてやるぞ。」
と老人は独言をいって、籠を柱から外すと、大事に捧げて、自分等が臥る居間に持て行く。その時も小鳥は頭を傾げて、不思議そうに老人の顔や、家の暗い様子などを眺めながら……薄紅い胸の温毛を動悸に波打たせていた。老人はこの小鳥の可憐らしい様子を見て、
「おお、怖くない。」といった。
 この老夫婦には子もなければ、孫もなかった。夕飯の膳には、白い湯気が微かに上って、物静かに済むと、暗いランプの光りが煤けた一間を照す。室の隅に置かれた小鳥はランプの火影に驚いて黒い円な眼を見張って撞木を渡り始める。
「夜だぞ、こうやって休め。」といって、老人は風呂敷を持て来て籠の上から掛けてやる。風呂敷を掛けられると、又急に籠の中は薄暗くなって、鳥の動くのが静ってしまう。
 老人は眠る時、鳥籠を枕許に持って来る。鼠が出るのを心配した。頭を枕に付けて、まだ眠らずにいると外を通る人々の足音が聞える。隣の蝋燭屋では話声に混って笑声などがしていた。暫らくすると人足が杜絶えて四境が静かになったかと思うと、直ぐ戸に近く草鞋の音がして、歌をうたって行く。
「此処と出雲崎とは…… 竿させば届く――竿をね……。」
 老人はこの歌を聞いて、この人は浜へ帰るのだと思った。――こう考えていると、又自分が若い時分、春の海を見ながら、赤い崖の下を通った時の記憶などを呼び起した。
 振向いて婆さんを見ると、微かに寝息の音が聞かれた……

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