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蝋人形
ろうにんぎょう
作品ID53168
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「文豪怪談傑作選 小川未明集 幽霊船」 ちくま文庫、筑摩書房
2008(平成20)年8月10日
初出「新小説」1908(明治41)年5月号
入力者門田裕志
校正者坂本真一
公開 / 更新2021-05-11 / 2021-04-27
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 私は一人の蝋燭造を覚えている。その町は海に近い、北国の寂しい町である。町は古い家ばかりで、いずれも押し潰されたように軒の低い出入の乱れた家数の七八十戸もある灰色の町である。名を兵蔵といって脊の高い眉の濃い、いつも鬱いだ顔付をして物を言わぬ男である。彼の妻は小柄の、饒舌る女で、眼尻が吊上っていた。子供に向ってもがみがみ叱る性質で、一人の清吉という息子があったが、母親の気質に似ないで、父親のように黙言な、少しぼんやりとした大柄な子供であった。七歳の時に町の小学校に入ったが何時も友達から虐められて学校から帰りには泣かされて来る。彼は決して学校で自分から喧嘩をしかけたことはない。また其様な勇気のある子供でない。いつも黙って、ベンチの片隅に腰をかけていると他の生徒が後方から来て、耳を引ぱったり、脊中を突いたり、しまいには頭を叩いて逃げるような悪戯をする。彼はそれでも黙っている、すると他の生徒等は益々乱暴を働いて、彼が腰をかけているベンチを不意に引張って、彼を板の間に尻餅を突かせる。彼が痛さと悲しさに泣き出しそうな顔をして眼に一ぱい涙ぐむとそれを見て他の生徒等は手を叩いて笑い囃すのである。時としては、いくら黙言の柔順な清吉でも堪え切れんで顔を真赤にして拳を堅めて相手を睨むことがある。そうすると他の生徒等は後からも前からも一時に囃し立て鼻緒の切れた草履を投げ付けたり、互に前の者を押しやって清吉に突き当たり、白墨の片を投げ付けたり、とうとう清吉が声を上げて泣くまで調戯のが常である。若し其様時に受持教師がその傍を通り合せても、またかといわぬばかりに見ぬ風をしてさっさと行き過ぎてしまう。生徒は益々図にのって、彼をば虐めるのである。時に余りに見かねて年老った小使が中へ入って他の生徒を追い払って、清吉を回護てやることがある。清吉は其様具合で小学校にいては一人も友達というものがなかった。或は時として、運動場などで斯様風で泣かされて、悄然と教員室の前に来て立って、受持教師の出るのを待って、その一部始終を告げて、訴えることがある。その時に螺旋巻の時計の紐を胸に吊した、色の赭ちゃけた洋服を着た薄い口髯のある教師は何というたろう。
「お前が何か悪いことをしたのでないか、せないのなら後でしらべてやる。」といい残してさっさと出て行ってしまう。その後を慕うて清吉はとぼとぼとついて行くと、教師は便所へ入ってしまう。清吉は尚も泣き止まないで、受持教師が便所から出て来るのを待って、戸の外に立っていると、他の生徒は彼処此処の窓や、階子段の陰から覗いて罵っている。やがて、キイーと戸が開いて、例の教師が出ると他の生徒はいずれも頭を隠してしまう。
 清吉は、ただ怨めしそうに教師の顔を見上ていると、冷淡な教師は見向きもせんでさっさと行き過ぎる。清吉はもう胸が張り裂んばかりにもどかしくなって、
「先生――。」とい…

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