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でたらめ経
でたらめきょう
作品ID53183
著者宇野 浩二
文字遣い新字新仮名
底本 「日本児童文学名作集(下)〔全2冊〕」 岩波文庫、岩波書店
1994(平成6)年3月16日
初出「伸びて行く 第六卷第一號」目黒書店、1925(大正14)年1月1日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2019-07-26 / 2019-06-28
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 むかし、あるところに、それはそれは正直なおばあさんが住んでいました。けれども、このおばあさんは子もなければ、孫もないので、ほんとうの一人ぼっちでした。その上、おばあさんの住んでいたところは、さびしい野原の一軒家で、となりの村へ行くのには、高い山の峠を越さねばなりませんでしたし、また別のとなり村へ行くには、大きな川をわたらねばなりませんでした。
 だから、おばあさんは毎日々々ほとけ様の前に坐って、鉦ばかり叩いていました。きっとこのおばあさんにも、以前は子や孫があったのかも知れません。それがみんなおばあさんより先に死んで、ほとけ様になったのかも知れません。だから、さびしいので、そうして毎日ほとけ様ばかり拝んでいたのでしょう。
 それに、食べるものは裏の畑に出来ましたし、お米は月に一度か、二ヶ月に一度川向うの村へ買いに行くので用は足りましたし、水は表の森のそばに、綺麗な綺麗な、水晶のようなのが湧いていましたし、――だから、おばあさんは何にも心配することも、いそがしい用事もない訳でした。
 ただ、時々近くの街道を往来する旅の人が足を疲らしたり、咽喉をかわかしたりして、おばあさんの家へ一ぷくさしてくれとか、水を一ぱい御馳走になりたいとかいって、寄ることがある位のものでした。
 ある日の夕方のことでした。一人の旅人がこの家の前を通りかかりまして、これから急用があって、夜通しで山を越えて行かねばならぬものだが、少し休ましてほしいとおばあさんに頼みました。
「お安いことじゃ。どうぞ遠慮なくお休みなさい、」とおばあさんはいいました。
 そこで、旅人はおばあさんからお茶などを呼ばれながら、縁側に腰を下ろしてしばらく休んでいましたが、さて疲れもなおりましたので、
「おばあさん、いろいろ御馳走さまでした、」といって、お礼に少しばかりのお金を紙に包んでおこうとしますと、
「そんなものは入りません、どうぞこれはおしまい下さい、」とおばあさんはびっくりした顔をしていいました。「わたしの家は御覧の通り茶店を商売にしている訳ではありません。それに、こんなものをいただくほどお世話もしないのですから、これはどうぞおしまい下さい。」
「いや、それはそうであろうが、これはわしのほんの志なんだから、どうか取っておいて下さい、」と旅人はまた旅人で、いろいろにいって勧めましたが、どうしてもおばあさんの方では受取ろうとしません。が、おばあさんはふと何か思いついたと見えて、
「そんなら旅の方、」といいました。「そんなら、わたしの方からお願いして、外のものをお礼にいただきましょう。」
「外のものというのは、どういうものですか?」と旅人は不思議そうな顔をして聞きかえしました。
「外のものというのは、外のものでもありませんが、」とおばあさんがいいますには、「御覧の通りわたしは年寄で、こんな一軒家に一人ぼっちで住ん…

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