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一九三二・二・二六
せんきゅうひゃくさんじゅうに・に・にろく
作品ID53192
副題―白テロに斃た××聯隊の革命的兵士に―
しろテロにたおれた××れんたいのかくめいてきへいしに
著者槙村 浩
文字遣い新字旧仮名
底本 「槇村浩詩集」 平和資料館・草の家、飛鳥出版室
2003(平成15)年3月15日
初出「大衆の友」1932(昭和7)年4月号
入力者坂本真一
校正者雪森
公開 / 更新2015-06-03 / 2015-05-03
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


営舎の高窓ががた/\と揺れる
ばったのやうに塀の下にくつゝいてゐる俺達の上を
風は横なぐりに吹き
芝草は頬を、背筋を、針のやうに刺す

兵営の窓に往き来する黒い影と
時どき営庭の燈に反射する銃剣を見詰めながら
おれは思ふ、斃されたふたりの同志を

同志よ
おれは君を知らない
君の経歴も、兵営へもぐり込んで君が何をしたかも
兵営の高塀と歩哨の銃剣とはお互の連絡を断ってしまった
おれは君たちが
おれが君たちを探したやうに、あせりあせり熱心に俺達に手を差し出したのを知ってゐる
おれと君とは塀を隔てゝめくら探しにお互ひを求め合ひ
おれの手と君の手は
すれ/\になったまゝ塀の間で行き違ったのだ

おれは想像する
破れたストーヴについて、不自由な外出について、封を切られた手紙について、不親切な軍医について、横っ面へ竹刀を飛ばす班長について、夜中にみんな叩き起す警報について、
無意味な教練のやり直しについて
君らがいかに行動を以て同じ兵卒をアジったかを
そして
誰が戦争で儲け、誰が何の恨みもない俺達に殺し合ひをさせるか、誰が死を賭して俺達のために闘ひ、何が俺達を解放するかを
くたくたに疲れた演習の帰りに
半煮えの飯をかきこむ食事の合ひ間に
みなが不平をぶちまけ合ふ寝台の上で
いかに君らが全兵卒の胸の奥に沁み込ませたかを

その日
 (忘れるな、二月二十六日!)
君たちは順々に呼び出され
後から欺し討ちに×(2)り倒された
君たちの血はべっとりと廊下を染め
君たちの唇は最後まで反戦を叫び続けた

よし
たけり立って兵士らを宥めかねてやつらのひとりが自殺せうと、よし
泥のやうに酔っ払はせた兵士らを御用船へ積み込んで送り出さうと
廊下に沁み込んだ君たちの血は
それで拭はれたか
溢れ出る血どろと共に口を衝いて迸しった君たちの叫びは
それで消されたか

おゝ今
消燈喇叭は夜風を衝いて響き渡り
窓はひとつひとつ闇に溶けて行く
おれは伸び上り
かじかんだ手を挙げて仲間に合図をする
そして
俺達は立上[#ルビの「たちあが」は底本では「たちあ」]りマントを捨て
すばやく塀を乗り越えて突進する

俺達の手にはビラがあり
俺達のポケットにはドスがある
ビラは眠った営舎を揺り覚まし
ドスは倒された同志の血を洗ふだらう
風よ
兵営の隅々までこのビラを蒔き散らせ!
塀よ
「兵士委員会を作れ!」
の叫びを営庭一ぱいに跳ね返せ!

―一九三二・四―
「大衆の友」四月号

(1)四四 (2)斬



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