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隣の花
となりのはな
作品ID53193
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集3」 岩波書店
1990(平成2)年5月8日
初出「文芸倶楽部 第三十四巻第四号」1928(昭和3)年4月1日
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-04-11 / 2014-09-16
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



郊外にある例の小住宅向き二軒長屋。形ばかりの竹垣で仕切られた各々二十坪ほどの庭――霜枯れ時の寂寥さを想はせる花壇に、春の終りゆえ、色取り/″\の草花が咲き乱れてゐる。

その庭を、朝七時、両家の主人、目木と久慈とが、何れも歯楊枝をくはへ、手拭を、一方は肩にかけ、一方は腰に下げて、ぶら/\歩きまはつてゐる。

目木  どうも近頃の天気予報はなか/\よく当りますね。
久慈  まだ、これで、どう変るかわかりませんよ。しかし、昨夕の様子ぢや、たしかに雨でした。
目木  僕は、あの護謨の長靴を穿くとまつたく憂鬱を感じるんです。
久慈  同感です。あれや、どう見ても靴の形をなしとらんですからね。(間)あなたは、歯麿は、何をお使ひですか。
目木  僕ですか。僕はライオンです。家内が来るまではクラブでした。
久慈  僕は、あべこべだ。へえ、さうですか。奥さんが来られてから……。
目木  いや、さう云ふ訳ぢやありませんが、何時の間にか、さうされちまつたんです。別々にして置くのも面倒ですしね。まあ、どつちでも、僕は同じことなもんだから……。
久慈  さう、さう。何処でも事情は同じと見えるなあ。奥さんが見えたのは、たしか去年の秋でしたね。はやいもんですね。
目木  此処へ越して来てから間もなくでした。此処へ来た当座は、あなたがた御夫婦の生活を、なんと云ひますかな、一種の好奇心を以て眺め暮したものです。
久慈  さう云へば、その頃は、こちらも遠慮があつて、御交際も差控へてゐたやうな訳だつたんですが……。お母さんはその後お達者ですか。
目木  国の方で、兄哥の家の台所を手伝つてゐますよ。
久慈  どうです、近頃は、大分結婚生活の何ものたるかを解して来られたでせう。
目木  解して来ましたなあ。大いに解して来ました。それにしても、あなたがたは、平和そのものゝやうな毎日を過してをられる。見てゐて一寸羨しいですよ。
久慈  冗談云つちやいけません。夫婦生活も六年続けば、お互に要領を飲み込んで、つまり諦めるところは諦めてしまつて、ぢたばたしなくなる。たゞそれだけのことですよ。
目木  いや、そんなことはない。第一、あなたのところの奥さんは、どこと云つて点の打ちどころはないぢやありませんか。朝は御主人よりも早く起きてちやんとするだけのことはなさるし。
久慈  あなたのところの奥さんは、あの若さと、あの健康さで、自然の美しさを……。
目木  よして下さい。そんな事をおつしやると、今、寝床の中で黙つてそれを聞いてゐて、何かの時に利用しますよ。あなたのところの奥さんは、夕方から雨が降り出すと、停車場へ傘を持つて迎へに来られる。僕は、それを何度も見かけました、処が、家の奴にそれを云ふと、自分で傘を持つて行かないのが悪いんだと云ふんです。そんなことをすると癖になる。どうせ雨が降れば傘を持つて迎へに…

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