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雪雑記
ゆきざっき
作品ID53211
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆集」 岩波文庫、岩波書店
1988(昭和63)年9月16日
初出「中央公論」1937(昭和12)年12月1日
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2013-01-27 / 2014-09-16
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 この頃大ていの雪の結晶が皆実験室の中で人工で出来るようになったので、自分ではひとりで面白がっている。よく人にそれはどういう目的の研究なんですかと聞かれるので、こうして雪の成因が判ると冬期の上層の気象状態が分るようになって、航空気象上重要なことになるのですよと返事をする。そうすると大抵の人はなるほどと感心してくれる。しかし実のところは、色々な種類の雪の結晶を勝手に作って見ることが一番楽しみなのである。
 もう六年前の話になるが、初めて雪の結晶の顕微鏡写真を撮ってみようかと思い付いた頃は、この美しい結晶が人工で出来ようとは夢にも思っていなかった。丁度その前年亜米利加のベントレイの雪の本が出版されたのが機縁となって、日本の雪はどうだろうと思い付いたのであった。初めの中はとてもベントレイのような綺麗な写真は撮れないだろうがと思いながら、とにかくやって見ることにした。何よりも雪のとけないような寒い所でなくてはこの実験は出来ないので、附属屋の方へ行く廊下の片隅で始めることにした。此処はスチームも通っていないし、冬になるととても寒いので余り人も通らず、先ず究竟の場所である。其処へ実験台の小さいのを一つと顕微鏡とを運んで、冬の間は一度もあけたことのない引戸をすっかりあけ放すと、先ず準備は出来たのである。
 札幌の一月は大体気温は零下七、八度位である。凍りついた引戸を無理にあけると、廊下のコンクリートの路面から二尺位も積み上った吹溜りの雪が、ぼろぼろとコンクリートの上へこぼれ落ちて来るのであった。そこで硝子板を紙につつんで外へ出して置いてすっかり冷え切ったところを取り出し、降って来る雪をその上に受けとって顕微鏡で覗くのである。なるほど今まで写真で見た通りの形をしている。実のところ、本当の雪を顕微鏡で覗いたのはこの時が初めてなのである。写真では黒白の線しか分らないのであるが、眼で見た時は、細い小凹凸があるために、繊細なあの模様の縁に空の光が反射して、水晶細工のような微妙な色が見えるのであった。しかし完全な結晶というのは稀であって、色々の形の汚い結晶が混っているので、それを取り除けるのが一骨であった。結局マッチの軸の頭を折って、そのささくれた繊維の端で欲しい雪の結晶を吊して綺麗な硝子板の上へ持って来ることになったのであるが、どうもとけやすくて困った。しかし色々やっている中に、それは手の暖みによる輻射熱と手で暖められた空気の対流とによることが分ったので、手袋をはめることによって難なく解決された。手袋を手から出る暖かみを遮断するために用いるのはちょっと面白いが、考えて見るまでもなくすべての防寒具の目的とするところは結局同じことなのである。手袋をはめると益々仕事は面倒になる。暫くやっている中に、いくら外套をきこんでいても何時の間にか身体がすっかり冷え込んで、気がついて見ると足は小刻み…

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