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地球の円い話
ちきゅうのまるいはなし |
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作品ID | 53219 |
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著者 | 中谷 宇吉郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「中谷宇吉郎随筆集」 岩波文庫、岩波書店 1988(昭和63)年9月16日 |
初出 | 「思想」1940(昭和15)年2月1日 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | 川山隆 |
公開 / 更新 | 2013-04-08 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 12 ページ(500字/頁で計算) |
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地球が円いという話は、何も珍しいことではない。今日では大抵の小学生が皆知っている通りである。
もっとも地球が完全な球形であるというのは本当は間違いで、第一に地球の表面にはヒマラヤの山もあれば、日本海溝もあるので、詳しく言えば、凹凸のあることは勿論である。それに中学生くらいならば、地球はそれらの凹凸を平均しても、やはり完全に円くはないので、南北方向に縮んだ楕円形になっていることを知っているであろう。
次に大学生になると、もっとも理学方面の学問を学んでいる連中のことであるが、地球の形を高低平均するといっても意味が曖昧なので、海の平均水準面を陸地の内部まで延長して、いわゆるゼオイドなる平均海面を考える必要があることを教えられる。そして地球の形は楕円体でもないので、擬似楕円体と称すべきであるなどということになる。
更に地球物理学者にきくと、地球の形は、それらのいずれでもないので、「狐の色が狐色である如く、地球の形は地球形である」という返事をされるであろう。
こうなると話に切りがなくなるので、結局地球の形はどんなものかどころではなく、地球の形というのは何を指すのかも一般の素人にはちょっと分らなくなってしまう。
[#挿絵]
ところがこれらの色々の説明の中で、一番真に近いのは、結局小学生の答えであって、地球は完全に円い球であると思うのが、一般の人々にとっては一番本当なのである。というのは、図に示した形は、コンパスで描いた図であるが、これが地球の形の代表的なものである。コンパスで描いた以上、この図形は線の幅の範囲内では、完全な円である。そして実際に地球は、この線の幅の範囲内では、丁度この円のような形をしているのである。それでは地球が円いというのも不思議ではないであろう。
その真偽をためすためには、次のような簡単な計算をして見れば、問題は極めて明瞭になる。この円は直径六糎あって、線の幅は〇・二粍である。それでこの円を地球と見ると、地球の直径一万三千粁を六糎に縮尺して描いたことになる。この縮尺率から計算すると、線の幅〇・二粍は四十四粁に相当する。
ところでエヴェレストの高さは海抜八・九粁で、海の一番深い所といわれるエムデン海溝が一〇・八粁の深さである。それで現在知られている地表上の凹凸の差の極限は一九・七粁に過ぎない。即ち地球の表面の凹凸は、極限がこの図の線の幅の半分以下である。従って地球表面の普通の山や海の凹凸を忠実に描いて見ても、大体この線の幅の十分の一程度の凹凸になってしまうので、それではいくら鉛筆の頭を尖らしても、到底描けるものではない。
次に地球が楕円形になっている程度であるが、それも案外少いので、赤道面内の半径よりも、南北の半径が約二十二粁短いだけである。即ち楕円体といっても、前の図の線の幅の半分程度長短があるに過ぎないので、ちゃんとした楕円体に描…