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千里眼その他
せんりがんそのた
作品ID53221
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆集」 岩波文庫、岩波書店
1988(昭和63)年9月16日
初出「文藝春秋」1943(昭和18)年5月1日
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2013-04-08 / 2014-09-16
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 もう三十五年くらい前の話であるが、千里眼の問題が、数年にわたって我が国の朝野を大いに騒がしたことがあった。私たちも子供心にその頃は千里眼を全く信じていた。子供たちばかりでなく、親たちも信じ、学校の先生たちも信じていたようであった。
 この頃或る機会に、その頃千里眼問題に直接関係された先輩の一人から、当時の関係記録を借覧することが出来た。それを読んで行くうちに、私はこの問題は一種の流行性熱病と見るのが一番至当であろうという気になった。
 ところでこういう昔の話を今頃になって持ち出すのは、この種の熱病の流行は、必ずしもその国の科学の進歩程度には依らないという気がしたからである。もしそうだとしたら今後も流行する虞れがある。特に大戦争下などにはその虞れが濃厚であるとも思われるので、予防医学的な意味で、当時の世相を顧みておくことも無用ではなかろう。
 千里眼の最初は明治四十一年の夏、熊本の御船千鶴子が、密封したものの中を見るという即ち透視の能力を得たと言い出したことに始った。その後丸亀市の長尾郁子が同じような能力を示し、その他にも方々でそういう人が現れて来た。そのうちに念写という問題も出て来た。この方は一層不思議なもので、密封した写真乾板に色々な字だの図形だのを、念力で感光させるというのである。
 もしそういうことが本当ならば、それは人間の精神力の神秘を解く鍵となり、また物理学なども全くちがった面貌をとるようになるであろう。従来の科学がその大筋において間違っていなかったならば、透視や念写などということは出来ないと見るのが至当である。
 ところが問題はそれが実際に出来るという点にあった。もし実際に出来ることならば、何も問題はないので、そういう事実を説明し得るような学問を作る必要がある。しかしこういう場合に、それが実際に出来たか否かということを決定するのは、案外困難である。手品か詐欺のような要素が巧妙にはいっている場合には、なかなかそれを見破ることは出来ない。
 こういう場合の事実の判定は、特に科学的な問題と関聯している場合には、警察の力でも出来ないし、またどんな権力者の力でも不可能なことが多い。学者といっても色々な学者があるが、例えば帝国大学の教授で博士というような人が、これは事実であると判定した場合は、一般にはそれを信用するより仕方がないであろう。
 ところが千里眼の場合には、京都帝大の精神病学主任教授今村博士や、東京帝大文科の助教授福来文学博士などが、自ら実験されて、それが事実であるという報告をされたのである。それに我が国哲学界の大権威井上哲次郎博士も信用され、そういうことはあり得るという意見を発表されたのである。
 こうなれば、もう一般の人々は、それを信用するより仕方がない。それでなくてもいつの世でも、世間は珍らしい話が好きであり、人間は神秘にあこがれる本性があ…

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