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「霜柱の研究」について
「しもばしらのけんきゅう」について
作品ID53240
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆集」 岩波文庫、岩波書店
1988(昭和63)年9月16日
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2013-01-27 / 2014-09-16
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 同窓の友人M君から自由学園学術叢書第一を贈られたので早速読んで見た。この小冊子には霜柱の研究と布の保温の研究とが収められていて、研究者は自然科学グループという名前であったが、内容を見ると五、六人の学園の御嬢さんの共同研究であることが分った。
 初めの霜柱の研究というのを何気なく四、五頁読んで行くうちに、私はこれはひょっとしたら大変なものかも知れないという気がしたのでゆっくり注意しながら先へ読み進んで行った。それというのは、この研究者たちは普通私たちが毎日読み馴れている専門の物理の論文とはちょっと型の変った行き方をしているのであった。いわば素人の研究であって、しかも私がはっという気がしたのは、その素人の研究が、純粋な興味と直観的な推理とで如何にも造作ないという風に一歩一歩と先へ進んで行っていることであった。私は前から物理的の研究方法というものは、物理学の既知の知識とはまた別のもので、沢山の本や論文の中に累積している今までの物理学上の知識というものを余り良く知らなくても、或る場合には、立派な物理的の研究が出来得るものだろうという気持を持っていたのである。ところがこの霜柱の研究を読んでみると、その最も良い例がこれであると断言して良いと思われて来たのである。これは誠にそういう意味で、広く天下に紹介すべき貴重な文献であるということが、読み終って確信されたのである。
 初めに霜柱の水分が空気中の水蒸気から来たものか土中の水が凍って伸び出るものかという疑問を出し、霜柱の発達の途中で印をつけて置くと、その印が伸び上ることから土中の水が凍ってのび出るものだということを確めたのもちょっと面白い。もっともこのことは既に分っていることであるが、そんなことにはちっとも御かまいなしにさっさと実験を進めて行くところが面白いのである。次にそれでは土の表面からどれ位の深さまでにある水が霜柱になるかという問題は、色々の深さのブリキ缶を埋めてその中に霜柱を立たせることによって簡単に解決している。これは疑問の出し方も良く、実験の方法もよい。その次には霜柱の成長速度と土中の水分との関係を調べてあるが、驚いたことにはその実験は箱根仙石原で行ったという記載がある。気温は多分零下十度位と思われるが、その寒さの中で徹夜して一時間置きに測定をしてあるところを見ると、この研究にとりかかられた娘さんたちの勇気には、大いに敬服した。もっとも若い人々が沢山集って案外皆が面白がって無邪気に喜んでされた測定かも知れないが、その無邪気なそして純粋な興味が尊いのであって、良い科学的の研究をするにはそのような気持が一番大切なのである。良い研究は苦虫を噛み潰したような顔をしているか、妙に深刻な表情をしていなければ出来ぬと思う人があったら、それは大変な間違いである。
 その次には霜柱の成長に最適の状態とは何であるかという問題につ…

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