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大きなかしの木
おおきなかしのき |
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作品ID | 53456 |
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著者 | 小川 未明 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「定本小川未明童話全集 5」 講談社 1977(昭和52)年3月10日 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | 雪森 |
公開 / 更新 | 2013-05-21 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 7 ページ(500字/頁で計算) |
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野の中に、一本の大きなかしの木がありました。だれも、その木の年を知っているものがなかったほど、もう、長いことそこに立っているのでした。
木は、平常は、黙っていました。だれとも話をするものがなかったからです。あたりにあった木はいずれも小さく、背が低うございました。その木の親たちは、かしの木を知っていましたが、もうみんな枯れてしまって、子や孫の時代になっていたのでした。そして、子や、孫は、昔のことを語ろうにも知ってはいないからでした。
山から飛んできた小鳥も、たいていはちょっと枝に止まることがあるばかりで、いずれも、秋ならば赤く実の熟した木へ、春ならば、つぼみのたくさんについている枝へ降りていって、長くこの木と話をしているものもなかったのです。
この木も、若い時分は、ほかの木にまけないほどに、美しくなりました。しなやかな枝には葉の色は銀色に光って、なよなよと風に動いていたものですが、年をとるにしたがって、だんだん木は、気むずかしくなりました。そして、いつのまにか、のびのびとした、しなやかさはなくなり、葉の色も暗く黒ずんで陰気になり、そして、木は、たいへんに無口になってしまったのです。
「ほかの木には、あんなにきれいな花が咲くじゃないか。なぜ俺には、咲かないのだろう? またほかの木には、あんなに美しい鳥や、ちょうが、毎日のようにおとずれるのに、なぜ、俺のところへはやってこないのだろう?」と、かしの木は、不平をいいました。
気むずかしい木は、すこしの風でも腹をたてていました。そして、不平がましく叫びをあげました。
「そんなに怒るもんじゃないよ。」と、からかい半分に、風は、かしの木に向かっていいました。南の方から吹いてくるやさしい風は、どの木にも草にもしんせつで、柔和でありましたけれど、北の方から吹いてくる風は、小さいのでも大きなのでも、冷酷で、無情で、そのうえ寒く冷たいのでありました。
それも、そのはずで、南からくるのは、橄欖の林や、香りの高い、いくつかの花園をくぐったり、渡ったりしてきます。これに反して北からの風は、荒々しい海の波の上を、高い険しい山のいただきを、谷に積もった雪の面を触れてくるからでありました。そして、この孤独な木を慰めてやろうとはせずに、かえってからかったり、打ったり、ゆすぶったりするのは、いつも北から吹いてくる風であったのです。
「なにをしやがるんだい、
折れて、たまるもんか。
あんな、めめしい木や草と、
俺は、ちがうんだ。
裂けたり、折れたりするもんか。」
かしの木は、風に向かってこう叫ぶのでありました。
しかし、風のない日は、孤独のかしの木は、うなだれていました。疲れて、眠ってでもいるように、その黙った、陰気なようすはさびしそうに見られたのでした。
夜になると、雲の間から、星が、下界の草や、木を照らしたのです。そこ…