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白いくま
しろいくま
作品ID53465
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 5」 講談社
1977(昭和52)年3月10日
初出「良友」1926(大正15)年10~11月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者へくしん
公開 / 更新2019-11-10 / 2020-11-01
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 そこは、熱い国でありました。日の光が強く、青々としている木立や、丘の上を照らしていました。
 この国の動物園には、熱帯地方に産するいろいろな動物が、他の国の動物園には、とうてい見られないほどたくさんありましたが、寒い国にすんでいる動物は、なかなかよく育たないものとみえて、あまり、数多くはありません。その中に、一ぴきの白いくまが、みんなから珍しがられ、またかわいがられていました。
 なにしろ、木立の柔らかな葉が、きらきらと光って、いつかはあめのように溶けてしまいそうにみえるほどの熱いところでありましたから、寒い、寒い、氷山の上にすんでいるしろくまを飼っておくことは、まったく容易ではなかったのでした。
 大きな水たまりを造って、その中へ、氷のかけらを投げいれておきます。くまは、熱さにこらえられないので、幾度となく、その水の中に浸ります。そして、バシャバシャと水をはねかえして、冷たい氷水を浴びたときだけ、わずかに、自分の生まれた北の故郷にいた時分のことを思い出したり、また、ちょっと、その当時の気持ちになったのであります。
 あちらには、どんよりとして、いつも眠っているような海が見えました。その海は、おしで、盲目なのだった。なぜなら、ものすごい叫びをあげている波は、みんな口を縫われてしまって、魚のうろこのように、海はすっかり凍っていたからであります。そして、氷山が、気味悪く光って、魔物の牙のように鋭く、ところどころに、灰色の空をかもうとしていたからです。
 脂肪のたくさんな、むくむくと毛の厚いしろくまはそこを平気で歩いていました。また、氷が解ける時分になれば、険しい山の方へのこのこと帰ってゆきました。広い寂しい天地の間を自由にふるまうことができたのでした。
 それが、いまどうでしょう。熱い、熱い、知らない国に連れてこられて、狭い鉄のおりの中へいれられてしまったのです。はじめのうちは、腹だたしいやら、残念やらで、じっとしていることができませんでした。かんしゃくまぎれに鉄の棒を折り曲げて、外へ暴れ出してやろうと、何度となく、そのおりの鉄棒に飛びついたかしれません。
 力の強いくまは、いままで、こんなに、体の中にあった力をすっかり出したことはなかったのです。なぜなら、その必要がなかったのでした。いま、いくら力を出しても、すべてが無効であることを知ったときに、くまは、はじめて人間が、自分より智慧のある動物だということをも知ったのでした。
「これは、もう、力ずくでいってはだめだ。」と、くまは考えました。
 彼は、しばらく、人間がなにをしようと、するままに黙って、見ていようと思いました。くまは、人間は、けっして、これ以上なんにもしないということを知ったのであります。
 毎日、白い布を頭にかぶった、青い色の服を着た男が、生肉の切れを持ってきてくれました。くまは、それを食べながら…

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