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![]() なつかしまれたひと |
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作品ID | 53469 |
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著者 | 小川 未明 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「定本小川未明童話全集 5」 講談社 1977(昭和52)年3月10日 |
初出 | 「童話」1926(大正15)年3月 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | 栗田美恵子 |
公開 / 更新 | 2020-06-25 / 2020-05-27 |
長さの目安 | 約 11 ページ(500字/頁で計算) |
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町の運輸会社には、たくさんの人たちが働いていました。その中に、勘太というおじいさんがありました。まことに、人のいいおじいさんであって、だれに対してもしんせつであったのであります。
若いものたちがいい争ったりしたときは、いつもおじいさんが中にはいって仲裁をしました。
「まあ、すこしのことでそんなに怒るものでない。ここに働いているものは、いわば兄弟も同じことだ。たがいに力になり、助け合うのがほんとうだのに、争うということはない。すこしくらい腹がたつことがあっても忘れて、仲よくしなければならない。」といいました。
おじいさんに、やさしくいわれると、だれでもなるほどと思わずにはいられませんでした。そして、自分たちのしたことがまちがっていたと気づくのでありました。
おじいさんは、また仲間が、病気にでもかかると、しんせつにしてやりました。自分の家を離れて、他人の中で病気にかかっては、どんなに心細いことだろう、そう思って、できるだけしんせつにしてやったのであります。
こうした、おじいさんのしんせつは、みんなに感じられたので、いつか自分の親のように思ったものもあれば、またいちばん親しい人のごとく考えたものもあったのでした。
「おじいさんの生まれた国は、どこですか。」といって、聞いたものがあります。けれど、おじいさんは、答えずに、ただ遠い国だとばかりいっていました。
また、おじいさんには子供や、身頼りのものがいるかしらんと、そのことを聞いたものもあります。すると、おじいさんは、さびしく笑いながら、
「やはり、おまえさんくらいな、いいせがれがあるが……。」と、答えたのでした。
そんないいせがれがあるのに、どうして、こんないいおじいさんが旅へ出ているのだろう、なぜ親と子がいっしょに暮らすことができないのか……。おじいさんは、この年になって、自分の故郷を離れていたら、さびしかろうと思ったものもありました。
「おじいさんは、なぜこうして旅へなど出ているんですか。」と、若者の中の、一人は、その理由を知りたいと思って問いました。
おじいさんは、自分の身の上のことについては、なにを聞かれても、ただ笑顔を見せて、あまり語らなかったのであるが、
「自分の手足がきいて、働かれる間は、だれの世話にもなりたくないと思ってな……。子供たちのそばにいて働いたのでは、子供たちが、心配すると思って、それで旅へ出てきたのだ。」と、いったのでありました。
みんなは、はじめておじいさんの心持ちがわかったような気がしました。子供たちに対しても、そうしたやさしい心をもつのであるから、自分たちに対しても、やはりこうしてやさしいのであろうと思いました。
「じゃ、おじいさんは、いつかまた国へ帰んなさるときがあるんですね。」
「それはあるにはあるが、そうすると、こうして仲よくしているみんなに別れなければなら…