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人間と湯沸かし
にんげんとゆわかし
作品ID53471
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 5」 講談社
1977(昭和52)年3月10日
初出「婦人倶楽部」1927(昭和2)年4月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者へくしん
公開 / 更新2020-09-24 / 2020-08-28
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ある日のこと、女中はアルミニウムの湯沸かしを、お嬢さんたちが集まって、話をしていなされたお座敷へ持ってゆくと、
「まあ、なんだね、お竹や、こんな汚らしい湯沸かしなどを持ってきてさ。これは、お勝手で使うのじゃなくって?」
と、お家のお嬢さんは、目をまるくしていわれました。
 お友だちの方も、その方を見て、みんなが、たもとを口もとにあてて笑われました。なぜなら、その湯沸かしは、黒くすすけて、まるでいたずらっ子の顔を見るように、墨を塗ったかと思われたほどだからです。
 お竹は、気まりわるく、顔を真っ赤にして、その湯沸かしを持って、あちらへはいりました。そして、今度座敷用の湯沸かしに、お湯を入れ換えて持ってまいりました。
 すすけた湯沸かしは、お勝手もとの冷たい板の間に置かれたときに、お竹はその湯沸かしを見て、かわいそうになりました。なぜなら、一日よく働いて、自分の身をきれいにする暇もなかったからです。それにくらべると、茶だなの上に飾られてある銀の湯沸かしや、たばこ盆や、その他のきれいな道具たちは、一日働きもせずに、じっとしていて、それでも、みんなに大事にされていました。そのことを考えると、彼女は、このよく働く湯沸かしが、かわいそうでならなかったのでした。
「ほかの人が、おまえをばかにしても、わたしだけはかわいがってあげるわ。ほんとうに、おまえばかりは、毎朝、わたしといっしょに起きて、いっしょに、よく働いてくれるのだもの。こんなにみんなのためにつくしていて、それでばかにされる道理はないはずだわ。ほかの道具たちこそ、怠けたり、ぼんやりして遊んでいたり、平常はなんの役にもたたなくていばっているのだから、しゃくにさわってしまう。ほんとうに、おまえの気持ちのわかるのは、この家では、わたしばかりかもしれないわ。」
といって、彼女は、湯沸かしをなぐさめたのであります。
 ものをいわない湯沸かしは、ガラス窓から射し込むうすい日の光に照らされて、鈍色に沈んでいました。じっとしていると、疲れが出てくるものと思われました。
 お竹が、同情をしたように、このアルミニウムの湯沸かしは、町から買われて、この家にきてから、すでに久しい間働いてきました。お竹が雇われてきてから一年あまりになりますが、もっとその以前から、あったものです。あるときは、炭火のカンカン起こる上にかけられて、煮立っていました。あるときはガスの火が、青白く燃え上がるところへ乗せられて、身にその炎を浴びていることもありました。さすがにこのときばかりは、忍耐強い湯沸かしも苦しいとみえて、うん、うん、うなり声をたてていたのであります。そればかりではありません。お嬢さんや、坊ちゃんたちは、すこしもこの湯沸かしにたいして、同情はありませんでした。犬や、ねこや、まりや、ハーモニカのようなものにたいしては、やさしい、しんせつなお子供さん…

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