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春さきの古物店
はるさきのこぶつてん
作品ID53473
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 5」 講談社
1977(昭和52)年3月10日
初出「赤い鳥」1926(大正15)年3月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者雪森
公開 / 更新2013-06-13 / 2014-09-16
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 広やかな通りには、日の光が暖かそうにあたっていました。この道に面して、両側には、いろいろの店が並んでいました。ちょうどその四つ辻のところに、一軒の古道具をあきなっている店がありました。そこに、各種の道具類が置かれてある有り様は、さながら、みんなは、いままで働いていたけれど、不用になったので、しばらく骨休みをしているというようなようすでありました。
 どんなものが、そこにあったかというのに、まず壁ぎわには、張り板が立てかけられてあり、その下のところに、乳母車が置いてあり、その横に机があり、その他、火ばち・針箱・瓶というように、いろいろな道具類が並べられてありました。
 しかし、張り板と乳母車と机とが、いちばんたがいに距離が近かったものだから、話もし、また親しくもしていました。彼らは、このごろは仕事もないし、ただ空想にふけったり、昔のことを思い出したりしているよりほかはなかったのであります。
 そのなかでも乳母車は、ちょうど腰の曲がったおばあさんのように、愚痴ばかりいっているのでした。
「まだ、あなたは、その年でもないのに、なぜそう愚痴ばかりおっしゃるのですか。また、これから世の中へ出て、どんなおもしろいめをしないともかぎりますまいに……。」と、机はよく、乳母車に向かっていったことがあります。
 すると、青いペンキのところどころはげ落ちた乳母車は、急に、元気づいた調子になって、
「ほんとうに考えればそうなんですよ。けれど、こうして、じっとしていますと、つい気がめいりまして、しかたがないもんですから……。」と、乳母車は答えました。
「ああ、もうじき春がくるよ。そうすれば、おれたちは、きっとおもしろいことがあるだろう。そう長いことでもあるまい……。」と、張り板が、身柄相応な大きな声を出して、口をいれました。
 今日も、乳母車は、日のあたたかそうにあたって、黄色なほこりが、人間の歩くげたのさきから、また荷車のわだちの後から起こるのを見ていましたが、いつしか、いつものごとく訴えるような調子で、
「わたしにも、おもしろいことも、おかしいことも、ありましたっけ。あれはどこだったろう。いい音楽の聞こえてくる坂道を、赤ん坊をのせて登ると、そこには桜の木が幾本もあって、みごとに花が咲いていました。吹いてくる風は、なんともいえず気持ちがよかったし、いつまでもその木の下で遊んでいました。もう一度あんなところへいってみたいと思います……。」
 乳母車は、語るともつかず、ひとりで、こういって、空想にふけっていると、
「乳母車さん、あなたが、昔のことをなつかしがりなさるのも、無理はないが、だれにだって、そうした思い出というようなものはあるものです。しかしそれがどうなるもんでしょうか?」と、机がいいました。
 乳母車は、机のいったことは、耳にはいらず、なにかいっしんに沈んだ顔をして考えてい…

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