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町の天使
まちのてんし
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 5」 講談社
1977(昭和52)年3月10日
初出「赤い鳥」1926(大正15)年1月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者栗田美恵子
公開 / 更新2020-04-07 / 2020-03-28
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 Sという少年がありました。
 毎日、学校へゆくときも、帰るときも、町の角にあった、菓子屋の前を通りました。その店はきれいに飾ってあって、ガラス戸がはまっていて、外の看板の上には、翼を拡げたかわいらしい天使がとまって、その下を通る人々をながめていたのであります。
 少年は、すこし、時間のおくれたときは、急いで、夢中でその前を過ぎてしまいましたけれど、そうでないときは、よくぼんやりと立ち止まって、毎日のように見る天使を、飽かずに仰いでいることがありました。
 なぜなら、その天使は、あちらの雲切れのした、北の方の青い空から飛んできて、ここにとまったようにも思われたからでした。少年には、それほど、あちらの遠い空が、なんとなくなつかしかったのであります。そして、その天使と青い空とを結びつけて考えると、美しい、また愉快ないろいろな空想が、ひとりでに、わいてきたからであります。
「おまえは、いつ、あのあちらの空へ帰ってゆくの?」と、小さい声でいったりなどしました。しかし天使は、ただこれを聞いても笑っているばかりでした。
 雨の降る日も、天使は、そこにぬれながらじっとしていました。また、霧の降った日も……。けれど、少年は、夜になって、大空がぬぐわれたように星晴れがして、寒い風が吹く真夜中には、きっと、天使が自由に、あの翼をふるって、大空を飛びまわるのであろうと思いました。けれど、人は、だれもそれを知らない。そして、天使は、いつもじっとしているとばかり思っているのだと考えました。
「僕は、おまえが、夜になって、だれも人間が見ていないときに、空を飛びまわるのを知っているのだよ。」と、少年は、天使に向かっていいました。
 こういっても、天使は、ただ黙って笑っているばかりでした。
 S少年は、病気にかかりました。
 もう幾日も学校を休んで、一間にねていました。そのうちに、秋もふけて、いつしか冬になりかかり、木がらしが家のまわりに、吹きすさんだのであります。いろいろの木立の葉が、ざわざわといってささやきました。そして、はげしい風の襲うたびに、それらの葉たちは、ちょうど火の子のように、大空に飛び上がり、あてもなく野原の方へと駆けてゆくのでした。
 少年は、窓から、いつしか、さびれきった庭の中をながめていました。かしの木の下に、たくさんどんぐりが落ちていました。また、あちらの垣根のところには、からすうりが、いくつか赤くなってぶらさがっていました。ここから見ると、たいそう寒く、さびしい林の中ではあったけれど、そこにはいい知れぬおもしろいことや、楽しいことがあるとみえて、いろいろの小鳥がやってきて、枝から枝へ飛びうつっては、鳴いているのが見えるのであります。
「もう、じきに雪がくるだろう……。」と、少年は思っていました。
「戸を開けて、寒い風に当たってはいけませんよ。」と、お母さんにいわれ…

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