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幽霊船
ゆうれいぶね
作品ID53479
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 5」 講談社
1977(昭和52)年3月10日
初出「赤い鳥」1924(大正13)年11月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者江村秀之
公開 / 更新2014-03-11 / 2014-09-16
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 沖の方に、光ったものが見えます。海の水は、青黒いように、ものすごくありました。そして、このあたりは、北極に近いので、いつも寒かったのであります。
 光ったものは、だんだん岸の方に近寄ってきました。そして、だんだんはっきりとそれがわかるようになりました。それは、氷山であったのです。
 氷山はかなり、大きく、とがった山のように鋭く光ったところもあれば、また、幾人も乗って、駈けっこをすることができるほどの広々とした平面もありました。そして、海の水の中には、どれほど深く根を張っているかわからないのでした。氷山は、すべて、こうした水晶のような氷からできています。それが潮の加減で漂ってくるのです。
 このあたりの海には、ほとんど、毎日のごとくこうした氷山を見ました。あるときは、悠々として、この大きな氷の塊は、あてもなく流れてゆきました。そして、遠くにゆくまで、その光ったいただきが、望まれたのであります。さびしい、入り日が、雲を破って、その氷山に反射しています。それは、遠く、遠くなるまで、岸に立って、ながめている人たちの目の中に映ったのであります。
 また、あるときは、この氷山が、まるで蒸気機関のついている氷の船のように、怖ろしい速力で、目の前を走ってゆくこともありました。しかし、この白い、光る、氷の上には、生きているものの影はまったく見えなかったのです。
 ただ、いつのことであったか、こうした氷山が、岸に近づいてきましたときに、人々は、なんだか黒い小さなものが、氷の上に落ちているのを見ました。
「黒い鳥だろうか?」
「鳥なもんか、海馬か、オットセイだろう。」
 岸に立って、沖の方を見ている人々は、いいました。
 しかし、それが、近づいたときには、大きなくまであることがわかりました。くまはどうかして、陸に上がりたいと、あせっているようでした。きっと、海の上が真っ白に凍ったとき、くまは氷山の上まで遊びに出たのです。そのうちに、氷山が動きだして、陸との間が離れて、もうふたたび陸の方へ帰れなくなってしまったのでしょう。みんなは、くまが、陸へ上がってきてはたいへんだと思いました。どんなに、暴れまわるかしれないからです。
「おい、みんな気をつけたがいい、くまをこちらに渡してはたいへんだ。」と、口々にいいました。
 それで、鉄砲を持ってきたり、槍などを持ってきたりしました。しかし、それまでに、氷山は陸の方へは近づかずに、ふたたび沖の方へと流れていってしまいました。
 みんなは、くまが渡れなかったので、安心をしましたが、そのくまが、それから、どこまで流れてゆくだろうと思うと、かわいそうな気がしました。
 こんなようなことのある、北の方に起こったできごとであります。いま、それをお話いたしましょう。
「もう、氷山もこなくなった。海の上は、穏やかだから、漁に出かけよう。」というので、三人の…

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