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獄内にてドイツの同志を思う歌
ごくないにてドイツのどうしをおもううた |
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作品ID | 53664 |
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副題 | ――高知牢獄にて―― ――こうちろうごくにて―― |
著者 | 槙村 浩 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「槇村浩詩集」 平和資料館・草の家、飛鳥出版室 2003(平成15)年3月15日 |
入力者 | 坂本真一 |
校正者 | 雪森 |
公開 / 更新 | 2015-05-28 / 2015-03-08 |
長さの目安 | 約 5 ページ(500字/頁で計算) |
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鎌と槌をうちぬく
ひろ/″\とした
美くしい
自由の花園をへだてゝ
砲口をそなえた二つの牢獄がそゝり立つ!
―――日本!
東方の突端
この蜜房のようなじめ/\した数千の牢獄の一画に
おれらが住み―――潮が
南方のたぎりたつ褐色の急潮が
夜の銃架のように、おし静まった独房のはての
島々の礎石を噛み
残虐な奴隷労働の、憂愁と反逆を箭のような熔熱にのせて
北流し―――化石した憂愁を、大陸の凍岸に崩折れしめ
あらゆるメエルヘンにまして美くしい生活の華
―――とろけゆく鉄蹄に刻む馴鹿の自由の花びらを
連鎖する
一万キロの鈍重な氷壁に聞かしめ
流れは
溶け―――崩れ―――なだれ
資本の濁流に泡立ち―――南下し
まっしぐらに、汚濁の国の城塞の裾をうつ
―――ドイツ!
西方の瀝土の沼沢―――こゝにきみらが囚われ
きみらの眼と腕は
たくましく―――
おれらを呼び
怒号するおれらの叫びは―――鉄壁を衝いて
見えざる数万の宇宙のバリケードをきみらの上に交し合う
潮は
黒い戦艦と、武装せる掠奪漁猟者の路をのせて
はるかにつながり
鉄槌と火薬は
資本の領海を越えて、互いの鉄鎖をかすがいづけるために取引される
日独同盟!―――と資本家は胸衣のボタンをはづす
欺瞞と圧殺。乾盃
インターナショナル!――と民衆は逆撃の合唱にどよめく
世界資本家同盟の打倒。プロレタリアートの正義。――パンを、パンを! スクラム!
スクラム!
一九三五年
おれは―――毎日のように
鞭でひっぱたかれる機械の顫音と
荷物をうけわたす徒刑囚の退屈な懸け声と
革紐で吊し上げられる囚徒の悲鳴と―――銃声と
そして―――瞬間!
殺戮の叫喚と混乱を聞き
番号と
重監禁の札をぶったつけられた独房の扉を
おれは破れるばかりに叩きはじめた
―――その時!
突然、屋上の樫材の骨組からラッパが吠えたけった
拡声器が、相場と天候とを早口にがなり
そして急に―――電流が
ドイツ! と呼んだ
きみらの国のなつかしいアクセントと固有名詞が次々に流れ出
喉音が、ヒットラー! と発音した
―――虐殺とパンの抑圧
―――死の専制と失業令の発布
―――すゞなりの追放列車
―――人民の反抗。マッセン・ストライキ。暴動
―――コンミュニストの一斉検挙。死刑牢獄………
と急に、電波が捻転し
音響がずれ
調整器が鳴り出した
ガックン………ガックン………ガックン………ガックン………ジ、ジ、ジ、ジ――………
同じ死刑牢獄の断章にふれ
おれは耳許まで獄衣と同じ色に燃え上ったのを感じた――扉の樫の木目が床に長方形の
緋色の斑紋を投げた
―――陽はかげり
斑紋はうすれ
怒号の暴圧の夜が訪れる―――ひろがってゆくノック、ノック………
おれはまた扉を蹴りはじめた………
二つのバスチーユ!
かしこに、潮はつながり
こゝに、潮はわれらを結ぶ
何がきみらとおれらを隔て…