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長詩
ちょうし
作品ID53666
副題バイロン・ハイネ――獄中の一断想――
バイロン・ハイネ――ごくちゅうのいちだんそう――
著者槙村 浩
文字遣い新字旧仮名
底本 「槇村浩詩集」 平和資料館・草の家、飛鳥出版室
2003(平成15)年3月15日
初出「詩人」1936(昭和11)年1月
入力者坂本真一
校正者雪森
公開 / 更新2014-10-31 / 2014-09-25
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

その時僕は牢獄の中に坐ってゐた
格子が
僕と看守の腰のピストルとの間をへだてゝゐた
看守は
わざ/\低くつくりつけた窓からのぞきこむために
朝々うやうやしく僕にお辞儀し
僕は まだ脱獄してゐない証拠として
ちびつけのブハーリンのような不精髯の間から
朝々はったと看守をにらみつけた
これが僕らの挨拶だった
朝になると、窓が右からかげって来た
夜になると、窓が左からかげって来た
そのたびにアスファルトのどす黒い影が
ぐるりと鉄格子をまわって
二つの世界を僕の前にくっきりくりひろげた

僕はこう感じた
鉄格子の間には、××と卑屈と
道化芝居の動物園がある―――
誰が敢てそれを自由と呼ぶか!
そこでは空気と太陽のかけらさえ
淫売婦のように購入を強ひられる
犬、猫かぶり、猿まね、下手くそなおーむども
何とゆうちっぽけでみじめな宇宙だ!
そして僭越にも 誰が敢て僕らを檻の中と呼ぶか!
このそとの、××と卑屈と、道化芝居の動物園の
僕らは果敢な園長ではないか――しかも僕らの中に死活の鍵を握った!
おゝ、何とゆうこゝは自由な
そしてほゝえましい世界だらう!

そして ある日
僕は板じきの上にのんきなアルマジロのように寝転んで
手あたり次第に本のページをくってゐた
それは皮肉にも、このむかっぱらになってはいじけ
むかっぱらになってはいじけする
狭い島国の詩人たちが
順々に古典的博物館からくりひろげてみる
詩と詩に関する叙述に属してゐた
僕はその中から 二つの名前をひろいだした
――バイロン!
かつてこんなしかめっつらを守りつゞけるために、民衆におあいそをふりまいたイギリス人があった……
――ハイネー!
かつてこんな利己的であるために、民衆を愛したドイツ人があった……
そして
帝国主義の尖頭で詩才をすりへらしてしまったある日本の、先日老いぼれて墓場へくたばりこんだ男は
かつて星と菫に青ざめながら
もっとしぶとい強盗共の進軍を眺めてこう言ったものだ
――バイロン・ハイネの熱なきも……
――ヨサノ・テッカンこゝにあり……

現在の日本には、いろんな万能薬のパンテオンの墓場にもっともらしくこの二人を改葬した
ルンペン・プロレタリアートの一群がある
マルキシズム――ロマンチシズム――クラシシズム――適度のエロ・グロイズム
書斎の上で剣をふりまわす英雄どもの生活綱領
古いせりふをひねくりまわし、世界とその没落性を批判すること
そして
エチオピアの戦争のように喝采すべきバイロンと
正札つきのペルシャ猫のように愛すべきハイネと
そうして彼等は警官の靴音に眉をひそめながら歌ふのだ
――バイロン・ハイネの熱なきも……
――ペンと酒壺[#「酒壺」は底本では「酒壼」]こゝにあり……

ひょうかんな同志労働者、林
若い勇敢な同志労働者、石田
それから多くの同志たちの
こうしたなつかしい差入れの果物の

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