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探検実記 地中の秘密
たんけんじっき ちちゅうのひみつ
副題02 権現台の懐古
02 ごんげんだいのかいこ
著者江見 水蔭
文字遣い旧字旧仮名
底本 「探檢實記 地中の秘密」 博文館
1909(明治42)年5月25日
入力者岡山勝美
校正者岡村和彦
公開 / 更新2019-11-03 / 2019-10-28
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

――初めての發掘――權現臺の歴史――貝層より石棒――把手にあらで土偶――元日の初掘り――朱の模樣ある土器――奇談――珍品――地主と駄菓子――鷄屋の跡――

 太古遺跡の發掘に、初めて余が手を下したのは、武藏の權現臺である。それは余の品川の宅から極めて近い、荏原郡大井の小字の事。東海道線と山の手線と合して居る鐵道線路の右手の臺地がそれで、大井の踏切から行けば、鐵道官舍の裏から畑中に入るのである。
 余は併し大概蛇窪の踏切の第二の線を越して、直ぐと土手に登つて行くのである。
 初心の發掘としては此の權現臺は大成功であつた。無論遺物が豐富でも有つたのだが、宅から近いので、數々[#ルビの「しば/″\」はママ]行き得られたのと、人手が多かつたのも勝利の原因であつた。
 されば余として、終生忘るゝ事の出來ぬのは、この權現臺の遺跡で、其所の地を踏む時は勿論、遺物の一片を手にしても、直ぐと其當時を思出すのである。成功した其時の嬉しさも思出でるが、併し多くは其時一處に行つた友の、死んだのや、遠ざかつたのや、いろ/\それを懷出して、時々變な感情に打たれもする。
 三十五年の九月、日は忘れたが初旬であつた。それが權現臺最初の發掘で、其頃余の宅は陣屋横町に在つて、活東望蜀の二子が同住して居た。後に玄川子も來た。
 文士相樸が[#「文士相樸が」はママ]盛んな頃なので、栗島狹衣氏が殆ど毎日の樣に來て居たので、狹衣子と同じ朝日新聞に居る水谷幻花氏も、其縁で遊びに來出した。
 今日は天氣が快いからとて、幻花子が先導で、狹衣、活東、望蜀の三子が、鍬を擔いで權現臺に先發した。後から余も行つて見ると、養鷄所の裏手の萱原の中を、四人て[#「四人て」はママ]連りに掘散らして居る。なる程貝塚とは這んな物だなと初めて余は地中に秘密あるを知つた。
 此時分の發掘法といふのは、幼稚なもので、幻花子はハンマーでこつこつ掘つて、布呂敷で貝殼を渫ひ出す位ゐ。
 二回目には矢張其人數で、此方は[#挿絵]や、鍬で遣つて見たが、如何も巧く行かぬものだから、三回目には汐干の時に用ゐた熊手(小萬鍬)が四五本有つたのを持出した處が、これが非常に有効であつたので、(勿論先輩中、既に小萬鍬を用ゐて居た人が有つたさうだが、それは三本爪の、極めて小なる物)前の鍛冶屋に四本刄の大形のを別誂へするなど、大分乘氣に成つて來た。(箕も其頃から遣ひ出した)
 といふのが、幻花子が、小魔石斧や[#「小魔石斧や」はママ]、完全に近い土器などを掘り出したので、余等の發掘熱がそろ/\高度に達しかけたからである。
 休日毎に誘ひに來る幻花子を待つて居られず。今日は望生、翌日は活子、或は三人揃つて行く間に、土偶の足も出る。小土器も出る。大分景氣が附いて來た。
 並んで掘つて居る望生の膝頭が泥に埋つて居るのを、狹衣子が完全な土器と間違へて掘出さうとすると、…

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