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作品ID | 53692 |
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著者 | 李 箱 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「李箱作品集成」 作品社 2006(平成18)年9月15日 |
初出 | 「朝鮮と建築 第十集第八号」朝鮮建築会、1931(昭和6)年8月 |
入力者 | 坂本真一 |
校正者 | hitsuji |
公開 / 更新 | 2019-09-14 / 2019-08-30 |
長さの目安 | 約 3 ページ(500字/頁で計算) |
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焔の様な風が吹いたけれどもけれども氷の様な水晶体はある。憂鬱は DICTIONAIRE の様に純白である。緑色の風景は網膜へ無表情をもたらしそれで何んでも皆灰色の朗らかな調子である。
野鼠の様な地球の険しい背なかを匍匐することはそも誰が始めたかを痩せて矮少である ORGANE を愛撫しつゝ歴史本の空ペエヂを翻へす心は平和な文弱である。その間にも埋葬され行く考古学は果して性慾を覚へしむることはない所の最も無味であり神聖である微笑と共に小規模ながら移動されて行く糸の様な童話でなければならないことでなければ何んであつたか。
濃緑の扁平な蛇類は無害にも水泳する硝子の流動体は無害にも半島でもない或る無名の山岳を島嶼の様に流動せしめるのでありそれで驚異と神秘と又不安をもを一緒に吐き出す所の透明な空気は北国の様に冷くあるが陽光を見よ。鴉は恰かも孔雀の様に飛翔し鱗を無秩序に閃かせる半個の天体に金剛石と毫も変りなく平民的輪郭を日没前に贋せて驕ることはなく所有しているのである。
数字の COMBINATION をかれこれと忘却していた若干小量の脳髄には砂糖の様に清廉な異国情調故に仮睡の状態を唇の上に花咲かせながらいる時繁華な花共は皆イヅコへと去り之れを木彫の小さい羊が両脚を喪ひジツト何事かに傾聴しているか。
水分のない蒸気のためにあらゆる行李は乾燥して飽くことない午後の海水浴場附近にある休業日の潮湯は芭蕉扇の様に悲哀に分裂する円形音楽と休止符、オオ踊れよ、日曜日のビイナスよ、しはがれ声のまゝ歌へよ日曜日のビイナスよ。
その平和な食堂ドアアには白色透明なる MENSTRUATION と表札がくつ附いて限ない電話を疲労して LIT の上に置き亦白色の巻煙草をそのまゝくはへているが。
マリアよ、マリアよ、皮膚は真黒いマリアよ、どこへ行つたのか、浴室の水道コツクからは熱湯が徐々に出ているが行つて早く昨夜を塞げよ、俺はゴハンが食べたくないからスリツパアを蓄音機の上に置いてくれよ。
数知れぬ雨が数知れぬヒサシを打つ打つのである。キツト上膊と下膊との共同疲労に違ひない褪め切つた中食をとつて見るか――見る。マンドリンはひとりでに荷造りし杖の手に持つてその小さい柴の門を出るならばいつなん時香線の様な黄昏はもはや来たと云ふ消息であるか、牡鶏よ、なるべくなら巡査の来ないうちにうなだれたまゝ微々ながら啼いてくれよ、太陽は理由もなくサボタアジをほしいまゝにしていることを全然事件以外のことでなければならない。
一九三一、六、一八