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狂女の告白
きょうじょのこくはく
著者李 箱
文字遣い新字旧仮名
底本 「李箱作品集成」 作品社
2006(平成18)年9月15日
初出「朝鮮と建築 第十集第八号」朝鮮建築会、1931(昭和6)年8月
入力者坂本真一
校正者hitsuji
公開 / 更新2020-05-22 / 2020-04-28
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

ヲンナでああるS子様には本当に気の毒です。そしてB君 君に感謝しなければならないだらう。われわれはS子様の前途に再びと光明のあらんことを祈らう。

 蒼白いヲンナ
 顔はヲンナ履歴書である。ヲンナの口は小さいからヲンナは溺死しなければならぬがヲンナは水の様に時々荒れ狂ふことがある。あらゆる明るさの太陽等の下にヲンナはげにも澄んだ水の様に流れを漂はせていたがげにも静かであり滑らかな表面は礫を食べたか食べなかつたか常に渦を持つてゐる剥げた純白色である。

 カツパラハウトスルカラアタシノハウカラヤツチマツタワ。

 猿の様に笑ふヲンナの顔には一夜の中にげにも美しくつやつやした岱赭色のチヨコレエトが無数に実つてしまつたからヲンナは遮二無二チヨコレエトを放射した。チヨコレエトは黒檀のサアベルを引摺りながら照明の合間合間に撃剣を試みても笑ふ。笑ふ。何物も皆笑ふ。笑ひが遂に飴の様にとろとろと粘つてチヨコレエトを食べてしまつて弾力剛気に富んだあらゆる標的は皆無用となり笑ひは粉々に砕かれても笑ふ。笑ふ。青く笑ふ、針の鉄橋の様に笑ふ。ヲンナは羅漢を孕んだのだと皆は知りヲンナも知る。羅漢は肥大してヲンナの子宮は雲母の様に膨れヲンナは石の様に固いチヨコレエトが食べたかつたのである。ヲンナの登る階段は一段一段が更に新しい焦熱氷地獄であつたからヲンナは楽しいチヨコレエトが食べたいと思はないことは困難であるけれども慈善家としてのヲンナは一と肌脱いだ積りでしかもヲンナは堪らない程息苦しいのを覚へたがこんなに迄新鮮でない慈善事業が又とあるでしようかとヲンナは一と晩中悶へ続けたけれどもヲンナは全身の持つ若干個の湿気を帯びた穿孔(例へば目其他)の附近の芥は払へないのであつた。
 ヲンナは勿論あらゆるものを棄てた。ヲンナの名前も、ヲンナの皮膚に附いてゐる長い年月の間やつと出来た垢の薄膜も甚だしくはヲンナの唾腺を迄も、ヲンナの頭は塩で浄められた様なものである。そして温度を持たないゆるやかな風がげにも康衢煙月の様に吹いてゐる。ヲンナは独り望遠鏡でSOSをきく、そしてデツキを走る。ヲンナは青い火花の弾が真裸のまゝ走つてゐるのを見る。ヲンナはヲロウラを見る。デツキの勾欄は北極星の甘味しさを見る。巨大な膃肭臍の背なかを無事に駆けることがヲンナとして果して可能であり得るか、ヲンナは発光する波濤を見る。発光する波濤はヲンナに白紙の花ビラをくれる。ヲンナの皮膚は剥がれ剥がれた皮膚は羽衣の様に風に舞ふているげにも涼しい景色であることに気附いて皆はゴムの様な両手を挙げて口を拍手させるのである。

 アタシタビガヘリ、ネルニトコナシヨ。

 ヲンナは遂に堕胎したのである。トランクの中には千裂れ千裂れに砕かれた POUDRE VERTUEUSE が複製されたのとも一緒に一杯つめてある。死胎もある。ヲンナは古風な地図の上…

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