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日本歴史の研究に於ける科学的態度
にほんれきしのけんきゅうにおけるかがくてきたいど
作品ID53738
著者津田 左右吉
文字遣い新字新仮名
底本 「津田左右吉歴史論集」 岩波書店
2006(平成18)年8月17日
初出「世界 三」1946(昭和21)年3月
入力者坂本真一
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-06-19 / 2014-09-16
長さの目安約 43 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 ちかごろ世間で日本歴史の科学的研究ということがしきりに叫ばれている。科学的研究というのが近代史学の学問的方法による研究という意義であるならば、これは史学の学徒の間においては一般に行われていることであるから、今さらこと新しくいうには及ばないはずである。然るにそれがこと新しいことのように叫ばれるのは、日本の国家の成立の情勢とか、皇室の由来やその本質、ならびにそれと国民との関係とか、皇室の種々の事蹟とか、または日本の世界における地位とか、いうようなことがらについて、学問的の研究をもそれによって知られている明かな歴史的事実をも無視した、あるいはむしろ一般的な常識を無視した、恣な主張をもっているもの、もしくは歴史を政略の具にしようとするものが、政治的権力者の地位を占めて、その権力を弄び、学徒や文筆にたずさわっているものの一部にも、それに迎合追従し、またはみだりに虚偽迷妄な説を造作してそれを支持するものがあり、それがために学問的の研究が政治的権力と乱暴な気ちがいじみた言論とによって、甚しく圧迫せられると共に、虚説妄説が声高く宣伝せられることによって、国民の多くが迷わされも惑わされもし、そうしてそれが起すべからざる戦争を起させ、またそれを長びかせた一つの力となったので、その戦争によって国家の危機が来たされた今日に至って、急にこれらのことがらについての正しい知識を国民に与える必要が感ぜられたからであろう。そうして上にいった権力者の権力がくずれ宣伝が声をひそめたことが、それを叫ぶによい機会となったのであろう。だから、その学問的研究というものは、日本歴史のすべての部面を対象としてのことではなく、ここに挙げたような特殊のことがらについての、少くともそれを主とし中心としての、ことであるらしく、従って時代からいうと、上代史にその重な問題があるとせられているようである。
 もっとも、こういうことがらについての学問的研究は、近年ほどに乱暴な態度や方法によってではなかったにせよ、その前から、知識の乏しい官憲や固陋な思想をもっているものの言動やによって、或る程度の、場合によっては少からぬ、抑制を蒙ってはいた。メイジ(明治)の或る時期には古典の批判がかなり活溌に行われ、皇室に関することについてもいろいろの新しい自由な研究が現われても来たが、その傍には、神道や国学やまたは儒教の思想をうけつぎ、それを固執するものがあって、こういう研究に反対し、時には官憲を動かしてそれを抑制しようとしたのである。それがために、学界においても、こういう問題については、自由な学問的研究の精神が弱められ、学徒をして、あるいは俗論を顧慮して不徹底な態度をとらしめ、あるいはそれに触れることを避けさせる傾向が生じ、そうしてその間には、学徒みずからのうちにもしらずしらず固陋な思想に蝕まれるものが生ずるようになり、全体とし…

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