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性に関するアイヌの習俗
せいにかんするアイヌのしゅうぞく
作品ID53892
著者河野 広道 / 知里 真志保
文字遣い新字新仮名
底本 「和人は舟を食う」 北海道出版企画センター
2000(平成12)年6月9日
初出「北方研究 第一輯」1952(昭和27)年12月
入力者川山隆
校正者雪森
公開 / 更新2014-01-01 / 2014-09-16
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

一 前言

 従来、史家の多くは性の問題に関するかぎりことさらに触れようとしなかった。しかしながら、人間生活の土台は性と食との上に打立てられているのであるから、人類史研究の為には、先ずこの根本問題の解明が要請されるのである。
 本文はこの意味に於て、健全なる郷土史の研究を志す人々の為の資料として執筆されたものである。
 アイヌの物語りや日常会話の中には、性器や性交に関することどもがきわめて露骨にとり扱われているが、その表現は健康であり、いささかの卑猥さも感じられない。健康な民族の性生活は健全である。アイヌもまた、和人の侵略を蒙るまでは、健康な社会生活を営んでいたから、その性生活は健全であったのである。

二 性器をみだりに露出してはいけないということ

 アイヌ民族は、幼年時には男女ともに全身裸体となって性器を露出したままでいるのは普通のこととされていた。未熟な性器を見ていたずらに興奮するほどの精神病者も居らず、裸の少女を見たからといって淫心をおこすようなこともなかったのである。
 これに反して、青年期に達してからは、性器を他人に見せることは禁制で、男子は布製の褌によって局部を蔽い、女子はモウルと呼ぶ肌着を着用することによって肌と性器を隠蔽した。この掟はきわめて厳重に守られたのであって、男子の褌と女子のモウルは、魚をとりに河や海に入るときでも、また、温泉に入浴するときでさえも、必ず着用すべきものとされていたのである。
 次のようなおばけ話が語られるのも、やはりそのようなモチーフからである。
 俺は押しも押されもせね立派な酋長で、立派な女を妻にもち、たのしく暮らしていた。或朝まだ暗い内に浜へ出て、波打際を歩いて行くと、海中からじいっと俺の方を窺っている者がある。何者だろうと思ってよく見ると、編みかけのこだし(樹皮製の手さげ袋)をかぶったような顔の真中からおやゆびを立てたように鼻がにょきっと突き出ていて、しかもその先端にポツンと鼻の孔が一つしかない怪物が、伸びあがり伸びあがり俺をにらんでいて、俺が歩けば歩き、俺が立ちどまれば止まる。走れば彼もいっしょに走るのだ。てっきりおばけ、と思ったので、持っていた棍棒をとり直していきなりガンと喰らわすと、その刹那どうしたことか、俺の股間がしびれる様に痛んだ。思わずしらず尻餅をついて、つらつら思んみるに、今朝はあわてていたので褌もしめずに出て来た。そのため股間の一物が波に影を落していたのだが、それをおばけと見あやまって、とんでもない憂目を見たのだった。これからの男たちよ、ゆめゆめ褌を忘れるまいぞ、と昔の酋長が物語った。
(知里真志保――アイヌおばけ列伝(三) 北海道郷土研究会々報 No. 4 より)
 自分の性器を露出してはいけないという風習は、当然、他人の性器を見てはいけないという風習と結びついている。
 このようなアイヌの…

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